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俺の知り合い

俺の知り合いは多分スポーツがもうできない。

俺と真木は小学生のころから家が近所で何かとつるむことが多かった。互いの家に行くことも多かったし,一緒にサッカーやバスケットもした。キャッチボールもしたし,近所の兄ちゃんも一緒にテニスやバレーもやった。
真木は足が速かった。ボールを投げるスピードも,瞬発力も俺よりはるかにすごかった。

ところがある時,家の近くで何かが壊れる音がした。それもかなりの大音量だった。

そこから真木はサッカーもバスケットもしなくなった。突然のことだった。野球もしないし,マット運動もできない。鉄棒もできない。

体育の時はいつも見学に回っていた。真木は特に気にしている様子はなかったものの,俺はその変化についていけなくなっていた。

それでも毎日現実を見せつけられるとその変化を受け入れざるを得なかった。真木は悲しんだり泣いたりしている様子はなかった。俺も特に悲しくはなかった。しかしスポーツ以外何も趣味がない俺は,真木と遊ぶ機会も減った。

そんなこんなでどちらも中学へ進んだ。中学はお互い別々のところになった。真木と家は近所だったはずなのに,遊ぶ機会も減っていた俺は進学してからほとんど真木に会っていなかった。

そんな時に,近所の中学との合同体育祭が行われることになった。真木が進学した中学も対象だ。

真木はどうしているんだろう。そう思いながらぶらぶらその辺を歩いていた。このころになるとスポーツは部活含め,最低限のことしかやらなくなっていた。部活独特の上下関係や気合の入った雰囲気はどうも苦手だった。

そんな矢先,近くで奇妙な光景が見えた。

バレーのコート…なのは間違いない。だが,ネットが異様に低い。何よりおかしな点は。

「みんな,座ってる?」

あわてて朝渡されたパンフレットを見た。シッティングバレーというものらしい。

シッティングバレーとは足がうまく使えない人が行うことを想定したバレーボール競技のこと。大きな特徴はお尻を床につけながら行うことで,お尻が床から離れると反則になる。

ネットが異様に低かったのは座ってやることを想定していたから。しかし,競技自体はかなり切迫した緊張感に満ちていた。うちの中学のバレー部が弱小なのもあるかもしれないが,動きのスピード感は段違いである。

その中に見覚えのある人間がいた。

「…真木?」

真木がそこにはいた。いつも体育は見学をしていた,あの真木だった。あいつがスポーツをしているのを見たのは何年ぶりだろう。

何時も相当やりこんでいるのか,サーブも座りながらあんなに勢い付けられるのか?というくらいついていた。動きも足がほとんど動かせないのになんであんなに動けるんだ。そう思った。

なにより,真木の表情が張り詰めていて,かつ楽しそうだった。あんなに楽しそうな真木は久々に見た。多分,小さい頃に一緒にテニスやバレーをやっていた時以来だろう。

気が付いたら試合は終わっていた。どうやら見入ってしまったようだった。

ボーっとしていたら真木がこちらに近付いてきた。

「お前もやらない?」
「……エントリーしてないんだけど,できるの?」
「正式な種目はもう終わったから,お試しで。」

聴くと,特に障害を持っていない人間がこのような競技に触れる機会を作るのも今回の体育祭の目的のようで,この後一緒にやる時間が取れるらしい。

「真木,お前スポーツできたんだな。」
「あれからお前ちっとも遊んでくれなくなったからな。だから俺考えたんだぞ,お前と遊ぶ方法。」
「悪かったよ,俺はゲームできないし,体動かさない遊びはてんでダメだったからさ。」
「それはお互い様だ。でも今はこれがある。結構難しいぞ,これ。」
「見てて何となく想像つくよ。」
「じゃあやろうぜ!」

そうこうしているうちに連れていかれた。お尻を床につけた対決。油断するとお尻が床から離れそうだからおっかない。

あいつは俺が遊ばなくなったのに,俺と遊ぶ方法をずっと探していたんだなあ。俺以外にも一緒に遊べる奴なんか,山ほどいたのに。

俺,あいつに勝てる気しないな。

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この話はフィクションです。

参考資料:東京2020パラリンピック 公式サイトより シッティングバレーボールの項"https://sports.nhk.or.jp/paralympic/guide/sitting-volleyball/"

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