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“ずっとCMCをしている”

こんにちは。ももです。
山形県出身の25才です。
わたしは、2019年4月〜8月に、CMC3期生として参加していました。
現在は岩手町に移住して、仲間5人とシェアハウスで賑やかに暮らしています。

今回はCMCでやったこと・学んだこと・感じたことの体験談というよりも、
CMCから3年経ち今を生きるわたしとして、
記してみようと思います。
CMCだけにフォーカスするのでなく、
CMCという点を打ち、地続きで人生を歩んでいる今のわたしを見て、面白がってもらえたら幸いです。

升川桃(ますかわ もも)
小中から不登校・ひきこもりを何年もして、
生きづらさを抱える。
CMCから自分らしく生きてみようと思い、
大学休学、編入、中退、全国ふらふら、
農業、岩手町に移住、仲間とシェアハウス、
寄り道たくさんしながら模索中。
相変わらず喜びに満ちた日も苦しく絶望する日もある、乱高下の大きい日常を送っている。

「ずっとCMCをしている」

卒業してからの3年間、ずっと「CMCをしている」と感じています。
それは、一瞬一瞬、生まれる感情や感覚を大切に、ただ今を感じ、刻みこむように生きるようになったのを指して、そう言葉にしている気がします。
たとえば、息を吸って吐いている、
いまここにいる、立っている、歩いている、
そういったような単純なものです。
思考や雑念でいっぱいの時のほうが、多いのだけど。

言葉や思考ではなく、
体感してゆく、身体からの学びを獲得する術を、得たのだと思います。

わたしにとって、社会で人と関わりながら活動し、生きてゆくというのは、
いつでも不安が付きまとう困難に思えるものです。
「わたしは、生きていけるのだろうか?」と。
「どうやったら生きていけるかな?」
もまた、
CMCを経てよく考えるようになった問いです。
今も、その問いの答えは探し中なのだけど、
「一瞬を刻みこむような生き方」をするようになった要素を、2つあげてみようと思います。
「対話」と、「世界の鮮やかさ」
わたしにとって、CMCっぽいな、
今もCMCしているな、たくましく生きる力になっているな、
CMCが今につながっているな、と思える要素です。

対話

「自分らしく生きる」「よりよく生きる」は、
自分を大切にすることも含まれるし、
他者やコミュニティとの関係性や距離感での
悩みや葛藤も生まれる中で、それでも関わりながら生きていく側面や、
社会やコミュニティでどのように役割を担うか、という側面も含まれています。
CMCの特徴に、
自分とも他者ともコミュニティとも自然とも、
対話する機会がとっても多いところがあります。
シェアハウスで暮らしていたら、音がうるさいだの
食器が置きっぱなしだのとストレスが溜まってメンバー間の関係性がぎこちなくなったり、
人との関係性に疲れたら海をぼーーっと眺めてどうでも良くなったり、
どうしても価値観や言葉がちがいすぎて理解し合えない人がいたけれど、時間を共有していく内に気がついたら仲良くなっていたり。

あ、壁だ、とぶつかることも、
あ、なんかよく分からないけど抜けた、
となることも、
しばしば起こります。

解決がわからない時に、
自分、他者、社会、自然、と対話することで、
なにか進むこと、気づくことが生まれたりします。

みんなでご飯を作って囲んで話す、よくしてた


朝から晩まで、語り合ったゆいちゃん
視点がちがうこと多かったけど、今では一番の親友


同期と、読書会。
いろんな時間を共有してゆく
町の人と交流することも多い。
お手伝いしたりご飯したり。
人生の大先輩と過ごすじかんや空気は、感じるものがまたちがう。

あ、壁にぶつかったな、なかなか進めそうに
ないな、
という時は、一人にならないで誰かと過ごしてみる、ちがうことをやってみる、自然の中でぼーっとしてみる、
色んな対話をしてみます。

今でもCMCの同期は繋がりがあり、気軽に相談も含めて話がしやすく、それぞれの人生や学びから刺激を受ける面もあり、
わたしの人生に”対話”の場を作ってくれています。

世界の鮮やかさ

広田町は半島で
歩けばどこからでもすぐ海、
夜は街灯もなく真っ暗で、天の川や流れ星がよく見える、
シカとよく遭遇する、といった自然ゆたかな町です。
五感で味わい、五感が満たされやすい土地だと思います。

世界って美しいもの、面白いものがたっくさんあるんだな、
と知りました。
この広い地球からしてみれば、人類の歴史も
1人の人間や人生、悩みごともちっぽけだな、
と気楽に、どーでもよくなれる時間も、
それなりにあります。

もちろん、悩んだり、葛藤したりしている時は、
美しいもの、面白いもの、楽しいものだけで
満たされるなどあり得ないと思うのだけど、
それでもやっぱり、世界には美しいものも、
ちゃんと存在するのです。

どこか、”こころの風景”や”感じたもの”として、
大らかな自然や、偉大さや、美しさや、
そんな大きなものに心も体も包まれてあたたかくて気持ちいい感覚を、いつも憶えている気がします。

5月田植えのバイト。カンカン照りの中、あぜ道で日向ぼっこしていた。焼けそうに熱かった。
どこへ続くともしれない遊歩道を、一時間も冒険したことがあった。蜂、へび、なにか出そうで怖かった。
海は、いつも側にいてくれる。
泣きたいとき、ひとりになりたいとき、海へ行く
3月〜4月のわかめ仕事は、日々を力強く刻んでくれる。
小屋しごとをやったから、船は乗ってないけれど

大いなるものに包まれる、
大いなるものを感じられる、繋がる。

“こころの風景”と”感じたもの”は、

いつもわたしの身体の細胞を作り、
血となり、命となり、魂に息を吹き込んでくれます。
ぐらぐらと不安定なときもあるけど、
どっかで芯となり、安定したものを与えてくれます。

もっとも、今にどう繋がっているかとか、
それらがどんな意味を持っているのかとか、
抜きにして、
心を動かして、毎日毎日、感動していて忙しかったのだけは、確かです。

近況

一月から、岩手町に移住しています。
最初の数ヶ月は農家さんでアルバイトをしながら暮らし、
その後3ヶ月ほどはニートの期間がありました。
やはりどうしても、人と関わり続けることや
一日中毎日活動することは、刺激が強かったりします。
こんな頑張れないわたしが稼いで生きていくのって、むずかしいのかな〜
とか思いながら、ゆっくりできることをやって
それなりに楽しく生きていたりします。
今は、缶詰工場で、行ける時に自分のペースで
勤めに行っています。
とってもマイペースで、週に半分くらいはゆっくり好きなことしていたりします。

人との繋がりやイベント、予想外の楽しい出来事はたくさんあります。

移住仲間や町の若者と
ご飯や遊びでよく集まる
シェアハウスに併設しているユースセンターは、中高生が集まる場になっている。ハロウィンイベントの様子
町の人の繋がりも増えてきて。イベント等のお手伝いをさせてもらうことも多い。
秋祭りで3日間太鼓を叩いた。
町で役割があるのは、とっても楽しい。
もちろん太鼓も! ちなみに、左奥がわたし。
自然が美しい。しょっちゅう、日向ぼっこしている。
秋は、町が日に日に紅くなる。仲間とお散歩する。

まぁ、ようするに、広田町で暮らしていた時と、そんなに変わっていません。
仲間がいて、町の人がいて、自然があって、
できる時にできる役割をもって、
いろんなものと交流しながら、今を織り成してみています。

いま、思うこと。

ここまで読んでくれて、ありがとうございます。
3年の月日が経って、やっぱり
すったもんだ、喜んだり笑ったり、
悲しんだり泣いたり、いっぱいいっぱい、
しています。

CMCで対話とか、余白とか、社会と関わるとか、体感するとか、自然て美しいな〜とか、
人ってあったかいな〜とか、いろいろ知って実感したはずだけど、
全くスマートに生きられてなんて、いないです。

人としてダメなんじゃないかと思うときも、
この社会で生き延びるにはもっと成長しないと、強くないといけないんじゃないかと思わされるときも、
それなりにあります。

それでも、自分の足で一歩ずつ踏み締めていく、
それは誰にでもできることで、
自分の足元からつながっている社会、世界をみることは、
けっこうわくわくして、楽しかったりもします。
CMCがいい、わるいも、素晴らしいも、やっぱり言えなくて。

ただ、社会や人生にいわかんを持って、
繊細にいろんなことを感じたり、じっくり向き合って考えたり、
動けなくて立ち止まってみたり、している仲間は、思ったより沢山いました。
自分ひとりでは、ありませんでした。

どうして、この文章に辿り着いたのかは、
分からないけれど。
仲間が欲しいわけでも、ないのかもしれないけれど。
もし、一人では答えが出なそうなことも、
いっしょに考えたり、側にいてくれる人がいます。
もし、一人ではやってみたいけど難しいと思えることでも、
いっしょに笑って、楽しんで、応援したり手伝ったりしてくれる人がいます。

そんな人との繋がりの中で、
「まぁ、こんな人生もいいよね〜」
て、前よりはゆる〜く思えている気がします。



ももやん、素敵な体験記をありがとうございました。
少しでも心に残った方、ぜひ他の方の体験記や、ホームページ見てみてください☺️


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