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エッセイ

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日々思ったことなど
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#死

初めてキスしたあいつが死んだ

 私が初めてキスをした男は、火を使って絵を描くアーティストだった。  十代も終わりに差し掛かった頃、好きなミュージシャンの公式ホームページにあった掲示板で仲良くなった。実際に会ってみると、薄く化粧をしていて、今ならそれがそいつのジェンダー表現なのだろうと思うのだけれど、当時は「ビジュアル系の人だ……」としか思わなかった。  男性にしては長めの髪で、不思議な造りの服を着ていた。あとで聞いたら、服は自分で作っているらしい。私の周りにはアートを作る人も服を作る人もいなかったから、都

死者の愛し方を教えてくれ

 昼職で隣県に行った帰り、あまりにも天気が良かったので少し回り道をすることにした。2019年の春のことだった。普段は曲がらない交差点を右に曲がり、山沿いに車を走らせる。しばらく進んでふとナビを見ると、少し先に公園があるらしい。あまり大きくはないが、街の中にあるような小さなものでもない。ダッシュボードの時計を見ると、まだ午後三時半だ。駐車場に入り、エンジンを停め、車を降りた。  持ち物はタバコケースだけにした。スマホを持っていたらどうせ LINE や Twitter を見てしま

私たちは、大騒ぎすることを自分たちに許さなければならない

 祖母が死んだ。  その日はバレエの日だった。バレエの日というのは、週に一回、知り合いのバレエ教室の先生がやっている大人向けのストレッチ教室に通う日だ。10時に起きて、11時までにスタジオに行く。のそのそとベッドから這い出た10時半ごろ、母親から電話がかかってきた。 「ばあちゃんが起きないんだけど」  まだ寝巻きだった私は急いでコートを引っ掛け、同じマンションの母の家に走った。エレベーターを待っているのももどかしく、階段を駆け降りた。  ドアを開け祖母の部屋に行くと、眠っ