NYYジャンカルロ・スタントンは再生できる!
82勝、地区4位に終わり、キャッシュマンGMやブーン監督の解任を求めるファンの声が高まるなど不振に終わった2023年のニューヨーク・ヤンキース。その大きな原因が、チーム打率.227(MLB29位)、チームOPS.701(MLB24位)に終わった打線の不振である。その打撃不振の象徴的存在だったのが、ジャンカルロ・スタントンだ。
スタントンの契約内容、及び2023年の主なスタッツは以下の通り。
【契約内容】
・2015~2027年の13年契約、総額$325M
・2028年はチームオプション($10Mのバイアウトあり)
・2023年のサラリー:$32M
【2023年スタッツ】
・打率.191 出塁率.275 長打率.420 OPS.695
・24HR 60打点
2018年にヤンキースに移籍後のスタントンは長期欠場が多く、年々スタッツは低下傾向。2023年はホームでのブーイングも目立つようになり、日本人ファンからは旧ツイッター上で「ウタントン(打たんトン)」と揶揄されるほど。
2024年、このままスタントンは沈んで不良債権化が進行するのか?それとも再生するのか?
詳細なデータを見ると、私は、再生の可能性はあるとみている。
その理由を私なりにごく簡単にまとめると以下のようになる。
・パワーの衰えはほとんどない
・特定の球種やコースに極端に弱くなったのがスタッツ低下の原因
・スタイルを変え投球にアジャストすれば本来のパワーを活かせる余地は大きい
1.スタントンの成績の「経年変化」
スタントンの年齢に応じたOPSや出場試合数の変化を、引退した主ないわゆる「スラッガー」の選手と比較する。比較対象は以下の元3選手。いずれも、右打者かつチームの主軸という点でスタントンと共通している。
A-ROD ミゲル・カブレラ アルバート・プーホールス
単純にグラフだけみると、OPSの低下が一番早く始まっているのはスタントンだ。プーホールスもOPSの低下は早くなっているが、それでもスタントンと比較すれば遅い方だ。打席数に関しても同様の傾向がうかがえる。さらにスタントンの場合は、20歳代~30歳にかけても故障による長期欠場で打席数が大きく落ち込んでいる年が目立つ。これは他の3選手にはみられない傾向だ。
2.衰えていない打球速度、角度
こうしたスタントンに関する「驚くべき点」は、OPSなどのスタッツが大きく低下しているにも関わらず、打球速度、打球角度、ハードヒット率といった指標はほとんど衰えをみせていないことだ。
以下、Baseball Savantサイトから、ヤンキースへの移籍前年でMVPを獲得した2017年と大不振だった2023年の主要指標の比較を取り出した。
平均打球速度(Avg Exit Velocity)、バレル%(Barrel%=打球のうち「バレル」と呼ばれる飛距離の出る角度に入った割合※1)、ハードヒット率(Hard-Hit%=初速が95マイル超の打球の割合)に関しては、MVPだった2017年も大不振の2023年も大きな変化はない。それどころか、バレル%を除く2指標の原数値についていえば、2023年の方がむしろ高いのだ。
さらに、2023年MLBで今季飛距離が2番目に長かったホームランを打ったのはスタントンだ。4月2日のジャイアンツ戦でバックスクリーン付近に打った飛距離485ftのホームランが該当する。(ちなみに、1位を記録したのは大谷である)私の直感的な印象として、予備知識がない状態でスタントンのホームランを見ると、まるで「惑星最強の打者」に見え、OPS7割未満、打率2割未満の打者にはとても見えない。
2023年のスタントンの平均打球速度、バレル%、ハードヒット率は、別格であるジャッジを除けばヤンキースの他の選手を寄せ付けない水準にある。
一方でスタントンには2017年から大きく低下している指標もある。SweetSpot%は、2107年から2023年の間に31.6%→27.4%と4.2ポイント低下し、最高を100としたランキングは26→2に下がっている。Chase%(ボール球を振る割合)、Whiff%(空振り率)、K%(三振率)も上昇している。
2015年のA-RODと比較すると、打球角度や速度に関する原数値は2023年スタントンが上回っている(ただし、ランキングは逆転もあり)一方、SweetSpot%、Chase%、Whiff%、K%は2015年のA-RODの方がいい数値が出ている。
※1:バレルとは、初速98マイル以上で角度が26~30度の打球、ないしは、初速116マイル以上で角度が8~50度の打球のことである。
3.打てるコースが狭まる-特に外角高め、外角低めに弱点
Baseball Savantより、スタントンの各コースのwOBA※2を、2017年、2023年、キャリア平均で比較する。
不振にあえいだ2023年も、ど真ん中と内角真ん中はキャリア通算よりむしろ高い値が出ている。これらのコースは、2017年も2023年も数値は変わらない。しかし、外角高め、外角低めに関しては、この2時点で.200ポイント以上数値が低下している。内角高め、内角低め、内角真ん中も.150ポイント以上数値が低下している。ストライクである9区分のうち5区分で数値の低下が顕著なのだ。
一方で、コース別にみた打球速度は、高低を問わず内角や真ん中で2023年の方がむしろ上回っている。外角にしても2017年に比べて2023年が大きく低下しているわけでもない。
※2:wOBAとは、打者が打席あたりのチーム得点増への貢献を評価する指標である。四球・単打・二塁打・三塁打・本塁打等の各項目について得点価値の加重を与え、打席あたりで平均することによって算出され、総合的な打撃力を表す。
4.カットボールに弱くなった2023年
2017年と2023年を比較すると、特にカットボールに弱くなったことがうかがえる。2017年にはwOBA.574と得意としていたカットボールに対しては、2時点間で、wOBAは0.391、ハードヒット率は5.4ポイント低下し、空振り率は16.3ポイント上昇した。スプリッター、カーブ、チェンジアップもwOBAの低下幅が大きくなっている。その他、チェンジアップの空振り率は11.0ポイント上昇したこと、スライダーのハードヒット率は14.5ポイント低下したことが目立っている。
一方で、ハードヒット率が低下した球種はスライダーとカットボールだけである。
その間の投手の攻めの変化をみると、4シームの割合が7.6ポイント低下したのに対し、カットボールは3.8ポイント上昇した。ハードヒット率の低下したスライダーの割合も4.2ポイント上昇している。
5.ライト方向へのヒットの減少
Baseball Savantによる2017年と2023年のヒットの分布図を比較すると、明らかに2023年はライト方向へのヒットが減っている。2023年は、ライト方向のホームランは2023年になっても何本もある一方で、ライトの定位置付近や右中間に飛んだヒットは、実はほとんど見られない。言い換えればBABIPの対象となるインプレーのライト方向へのヒットはほとんどないのだ。
6.まとめ
2017年と2023年のスタントンの変化を比較すると以下のようになる。
・打てるコースが狭くなり、特に外角の高低に弱くなった
・カットボールに弱くなり、相手投手も割合を増やした。
・インプレーのライト方向へのヒットが極端に減った。
・パワーの低下は感じられず、得意なコースはむしろ向上すらしている。
比較期間の早い方である2017年ころにMLB界で定着した動きの1つが「フライボール革命」で、以降2023年まで、投手側、打者側のデータを活用した攻め方、対応の仕方の攻防が続いていた。2017年~2023年のMLBの平均OPSは以下のように変化している。
2017年.750 2018年.728 2019年.758 2020年.740
2021年.728 2022年.706 2023年.734
2023年はピッチクロックの影響もあって上昇しているが、2019年~2022年にかけて平均OPSは全体に低下している。投手の攻め方も変化やフライボール革命の「弊害」がその一因だろう。
フライボール革命に対応したごく最近の投手の投球の変化に対応しきれず、変化した投手の攻め方に苦労しているのが、スタントンの成績低下の最大の原因ではないだろうか。スタントン本人は、フライボールのトレンドに沿った新たなアジャストをしようとしたところ、その対策が逆の方向にいった可能性もある。結果、パワーの衰えはまだ見られないのに、コンタクト力が低下しスタッツを大きく落とすことになったのだろう。
では、このスタントンの2024年の再生はあるのか??
私は、アプローチを変えれば「ある」と考えている。カットボールや外角高めや低めに対してコンパクトなスイングで右方向の打球を打つことに心がければ、アベレージが向上する余地は大きくある。その結果として、右方向にライナー性のダブルが増えれば、大きなリバウンドすらあるかもしれない。
2024年のヤンキースの最大の「補強」、私はスタントンの再生と考えている。スタントン本人も打撃のアプローチを根本的に変えると言っていた。アプローチの変化でスタッツがどこまで変化するか?本人にとっても大きなターニングポイントだ。
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