ここにいることの意味。【執筆者:大崎初音】
「ツモ。400-700。」
前日に3度目のプロクイーン優勝を果たしたりんのさんが2着を決めるアガりを宣言し、対局が終了した瞬間に安堵の涙が溢れた。
過去3回女流雀王決定戦で優勝した時だって、こんなに早く涙が出たことなんてなかったのに。
「まだ、ここに居られるんだ…」
私が1番居たい場所。
日本プロ麻雀協会女流Aリーグ。
8期 前期Bリーグ16位
後期Bリーグ3位(Aリーグへ昇級)
9期 Aリーグ1位
決定戦1位
10期 決定戦1位
11期 決定戦3位
12期 Aリーグ2位
決定戦1位
13期 決定戦4位
14期 Aリーグ6位
15期 Aリーグ1位
決定戦3位
16期 Aリーグ6位
17期 産休
18期 育休
19期 育休
20期 Aリーグ6位
21期 Aリーグ5位
22期 Aリーグ6位
(自分では全然覚えていなかったので、福井仁プロのデータをお借りしました!ありがとうございます!)
数字だけ見ると順風満帆な私の女流Aリーグ生涯成績。
道中色々あれど、随分と長いことこの場所に居ることができた。
でも…今日でそれも終わりかもしれない。
最終節を迎えてのポイントは-52.8ポイントの10位、12位以下は降級。
協会ルールで4連勝すると250ポイントほど勝てるので、4連勝したら決定戦も無いわけではないけれど、そんな期待は頭の中には1%も無く、既に女流雀王決定戦初日に行われる娘のチアダンスの発表会の出席の連絡を済ませていた。
私の目標は「残留」ただそれだけだった。
【1.2回戦】
3着3着で2回戦までを終えて-97.3の10位。
当面のライバル佐月も2回戦にラスをひいていたようで順位の変動はないが、私のポイントはジリジリと減っている。そして降級圏から水瀬(夏)と水崎がポイントを伸ばしてきている。
次の3回戦でトップをとれたらほぼ残留が決まる。2着でもかなり有利なポジション、3着でも水瀬、水崎、佐月のうち2人がトップじゃなければ1着順以上の差が残りそう、ラスだと私も泥沼に両足を突っ込む形となる。
【3回戦】
結果から言えば3着だった。
東場で御崎が70000点を超えたところから姫川が猛追し、気付けば彼女の持ち点は80000点を超えていた。
1年間、誰が見ても1番ツイていなかったのは姫川だった。意地悪な牌の巡り合わせに翻弄され続けた彼女だったけれど、対局の後はいつも朗らかで「みんなと飲めて嬉しい。もっと麻雀の話がしたい。」とほろ酔いで瓶ビールをついでくれた。
命からがら3着で終えたものの、持ち点は-17000点。30000点からの計算ではなく箱下17000点なので、3着のウマ(-10)を足したこの半荘のポイントは-57.0。もう立派なラスである。この時点で水瀬、水崎の2人にポイントを抜かれ、泥沼に首までしっかり浸かることとなった。
【4回戦】
最終節の抜け番は前節までのポイントであらかじめ決まっているので、佐月と私は4回戦が抜け番、水瀬と水崎は最終戦が抜け番となっていた。
最終戦の開始は全卓同時になるので、3時間ほど時間が空く。普段は抜け番中に外に出たり食事をしたりしないタイプなのだけれど、気分転換になればと思い外に出て、同じく4回戦抜け番の(上田)唯ちゃんとたこ焼きを食べることにした。
私は唯ちゃんが好きだ。
いつも正直で飄々としている。時々「この人は人生何度目なのだろう?」と思うほどにブレがない。
入会2年目で初めて女流雀王になった年、決定戦の直前でまだそれほど親しくなかった唯ちゃんと飲んだ時に
「ウチは(第6期女流雀王決定戦で)目の前に優勝が見えた瞬間に縮こまってしまって、それまでできていた麻雀ができなくなって…結局崎見さんに逆転されちゃった。だから大崎さんは最後まで攻め続けてね」と話してくれた。
あの言葉が無かったら優勝できていなかったかも…と今でも思っている。
唯ちゃんと放送卓を見る。
あぁ…この時間が嫌いだ。誰かの不幸を望んでいる時間。自分のポイントを伸ばす戦いなのに、切羽詰まるとライバルの着順が下がることを期待してしまっている自分が嫌いだ。
4回戦が南場に差し掛かった辺りで2人で対局会場に戻った。同会場だったCリーグの選手と最終戦抜け番のちよりちゃん・水瀬なっちゃんはもう帰宅していて、最終戦を打つ8人と運営の10人だけ。
みんなそれぞれの目標やライバルが違うので、別卓の1つの結果に対する感想も様々だ。まるでドラマに出てくる競馬場のようだった。
「できることなら、ここの声を放送と同時に副音声で流したいくらいだよ」
二見さんが笑いながら言った。
何となく心が楽になった。ライバルの不幸を望んでいるモヤモヤも、自分が嫌になる気持ちも「そんなの当たり前じゃん!自分が勝つためにやっているんだから!」というみんなの言葉が吹き飛ばしてくれた。
その人を好きという感情と、麻雀の結果に対する希望は全く別物なのだ。
もう半分ヤジのようになって盛り上がる景色を見て「あぁ。やっぱりまだここに居たいな…」と思った。
【最終戦】
放送卓の4回戦が終わりポイントが確定すると、先ほどまで競馬場のようだった部屋の空気が変わった。全員がそれぞれのポイントをメモして、自分の条件を計算する。
トップをとると水崎・水瀬より上の順位になるため残留確定。
前年度の期首順位を踏まえて計算すると
11位の水瀬のポイントを超えるには
22400点以上の2着
42400点以上の3着
10位水崎のポイントを超えるには
37000点以上の2着
仮に2着で水崎と水瀬の間に入った場合は、別卓の佐月が64000点ほど(自分の素点によるのでざっくり)のトップをとっているとアウト。
「佐月はこういう時やってくるんだよな」
私が思っていることを代弁してくれるかのように二見さんが言う。そうなんですよ。やってくるんですよアイツは。
もし私が2着で佐月がその条件を満たしたなら、心の底からおめでとうを言おうと思いながら席に着いた。
運良く東2局で満貫をツモ上がり持ち点は33000点で迎えた東4局。
⑧筒をポンして役牌暗刻ドラの四萬対子、3-6-9索で聴牌を入れるとすぐに水谷からの親リーチ。
一発目の私のツモはドラ筋の七萬。もちろん無筋。
役牌を暗刻落とししたら3巡は凌げる。仮に4000オールや6000オールをツモられたとしても、水瀬を超える22400点の2着まで少しだけ余裕がある。
でもこの後に待ち構える御崎・りんのという決定戦の椅子を争う直対の2人の親番を無傷で通過しなければならない。そして別卓の佐月が大トップをとらないことをお祈りしなければならない。でも親リーチに一発でドラ筋…どうする?
今までの私はこの七萬を押せなかった。
押せずに何度もトップをとり逃がした。今期も31半荘中10回2着、このどれかで勇気を出してトップをもぎ取っていたら、こんなに苦しむこともなかったのに。
「これでダメだったら、もう1回勉強して出直してこよう」
七萬を押した2巡後に6索をツモアガった。
結果、44900点のトップで最終戦を打ち終えた。
終わった瞬間、ホッとして涙が出た。
遠くの卓に座って対局の行方を見守ってくれていた(夏目)ひかりちゃんが、私が泣いているのを見て降級したのだと思って泣いてくれていたらしい。
「トップじゃないですか!私、はっちさんが泣いてるから降級だったのかと思って泣いちゃいましたよ!」
ごめんごめん。私もスコアシートを記入しながら泣く日が来るなんて思ってなかったよ。
放送卓を見ると佐月はやっぱりトップだった。ただ、素点が足りず水崎を捲ることができなかった。
ひかりちゃんと少しだけ飲んで帰ろうという話になり、みさきちや放送卓のメンバーも合流。佐月が「写真撮りましょう!」と言ってくれた。麻雀だけじゃなく、こんなところもすごい人よ。あなたは本当に。
Mリーグが始まる少し前。
麻雀プロ団体対抗戦が開催されていた頃。
他団体の男性プロ数名がそれぞれ別の場面で話してくれたことがある。
「女流はね。正直協会の女流Aリーグが1番強いと思うよ。見ていて純粋にそう思うし、女流の対抗戦があったら協会が優勝すると思う。」
あれから数年が経ち、その評価が続いているのかはわからない。でも、今もそうであったらいいなと思う。
「協会女流はMリーガーが居ない」それでも全員の平均点で1番だったらカッコいいじゃないか。
リーグ戦の度に終わってから感想戦をして、大体酔っぱらって本音がダダ漏れして、時には泣いたり口論したりしながら、みんなの正直な意見がたくさんもらえるあの時間が好きだ。
良い対局は全員で作り上げるもので、そこで勝つからこそ価値のあるものだと思うから。
「みんなで強くなりたい」は馴れ合いだと感じる人もいるかもしれない。
でも私は「協会の女流は強いよね」と言われると嬉しいし、放送するからには「協会の女流リーグはおもしろい」と言ってもらえるような対局を視聴者の方々に届けたいと思う。
そして、ここに居ることが自分の自信にも繋がると思っている。
来期はゆかりとよっちゃんが戻ってくる。
また一緒に打てることが嬉しい。
きっと佐月もすぐに戻ってくる。
それまで自分がこの場所に居られるように私は私の最善を尽くすだけだ。
ここ1〜2年で少し麻雀を変えている。
なかなか上手くはいかなくて、そこで生じたブレがしっかりマイナスポイントに反映されているのだけれど、少しずつ身についてきたなという感覚もある。
「はっちさん、麻雀変わりましたよね。」
そうひかりちゃんが話してくれた時にみさきちが口を開いた。
「アップデートする時って絶対1回弱くなるじゃないですか。それまでが60点だったら40点ぐらいには落ちる。それが怖くて私はできないんですけど…よくやろうと思えましたね。」
うん。今のままじゃAリーグで勝ちきれないなと思ったから。
「でもその先には80点が待ってるんですよね。…だからしなくていいですよ!私困るんで!数年前の大崎さんの方が戦いやすかったんで!」
ふふふ。とひかりちゃんが笑っている。
「でも…大崎ブランドは無くさない方がいいと思います。あれマジで怖いんで。ああいうブランディングって強いですからね。」
困る困ると言いながらたくさんアドバイスをくれるみさきち。ありがとう。酔っぱらっていたけれど、不思議と全部覚えてる。
入会当初、とんでもない下手っぴだった私を成長させてくれたのは、間違いなく女流Aリーグと言う場所とそこに居るメンバーで、叶うことなら1日でも長くこの場所に居られたらいいなと思う。
そんな私たちの最強を決める戦い「第23期女流雀王決定戦」は12/21(土)開幕です。ぜひご覧ください!!
そしてそして、たくさんヒヤヒヤさせてしまってごめんなさい。最後まで信じて応援してくださった皆様、本当にありがとうございました!!
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