森鴎外「うたかたの記」リスト歌曲「ローレライ」とともに
「時は耶蘇暦千八百八十六年六月十三日の夕の七時、バワリア王ルウドヰヒ第二世は、湖水に溺れてそせられしに、年老いたる侍医グッデンこれを救はむとて、共に命を殞し、顔に王の爪痕を留とどめて死したりといふ、おそろしき知らせに、翌十四日ミュンヘン府の騒動はおほかたならず。」(「うたかたの記」本文)
森鴎外はミュンヘン留学中、バイエルン王ルートヴィヒ2世訃報の報道にリアルタイムで衝撃を受け、ルートヴィヒを題材にした「うたかたの記」を書いています。
主人公巨勢はミュンヘン留学中の画学生。カフェで知り合った少女マリイに恋をし、製作中の絵画「ローレライ」のモデルになってほしいと考えている。
巨勢の想い人マリイは、実母(マリイと同じ名前)がルートヴィヒ王に懸想され、ルートヴィヒは既婚者だった実母マリイとの恋が叶わず発狂し、マリイの父母も亡くなってしまい、今は漁師に引き取られています。
マリイに誘われ、二人でシュタルンベルク湖にて舟遊びをしていた際、散歩に出ていた王が恍惚として少女の姿を見、急に一声「マリイ!」と叫ぶと手に持った傘を投げ捨て、岸の浅瀬を渡って向かって来ました。王と侍医は溺れ死に、マリイも舟から落ちた際杭に当たって死んでしまうという悲恋物語です。
最後はこう締めくくられます。
「六月十五日の朝、王の柩のベルヒ城より、真夜中に府に遷されしを迎へて帰りし、美術学校の生徒が「カッフェエ・ミネルワ」に引上げし時、エキステルはもしやと思ひて、巨勢が「アトリエ」に入りて見しに、彼はこの三日がほどに相貌変りて、著るく痩せたる如く、「ロオレライ」の図の下に跪きてぞゐたりける。
国王の横死の噂に掩はれて、レオニに近き漁師ハンスルが娘一人、おなじ時に溺れぬといふこと、問ふ人もなくて已みぬ。」
諸説あるルートヴィヒ発狂の原因を、鴎外は「恋患い」と連想し、幻想的な小説を作り上げました。「うたかたの記」は読むと想像力を掻き立てられ、愛読しています。短く良い作品ですので、有名な「舞姫」だけでなく、読むと浪漫的で感慨深いかもしれません。
音楽は、ワーグナーにゆかりがあるフランツ・リストの歌曲「ローレライ」。ディアナ・ダムラウの美声で。
*ローレライは、ライン右岸の高さ130mほどの岩山。人魚の美しい歌声に誘われ,船乗りたちが波間に引込まれてしまうというローレライ伝説を生みました。