【お題箱】片方の身体の部位を潰さないと出られない部屋
今回はお題箱に寄せられたお題の中から『片方の身体の部位を潰さないと出られない部屋』です。リクエストありがとうございました!(リクエストは随時受付中です) https://odaibako.net/u/clown_teller
今回登場する二人はカクヨムで連載している長編小説SIKI から主人公とハクです。https://kakuyomu.jp/works/1177354054887496309
今回の短編は長編を読んでいなくても問題なく読めるものですが、途中に登場するグラーシャ=ラボラスという単語については長編でもまだ触れていないので少し資料を載せておきます。
【グラーシャ=ラボラスとは】*知らなくても問題なく読めます
ソロモン72柱の一柱で、36の悪魔軍を従える長官にして伯爵。
グリフォンの翼を持った犬の姿で描かれ、芸術や科学に詳しく、人を透明にするともいわれる。
血に飢えた殺戮者であり殺人を嗜む。彼の力を借りた者は、前衛的な芸術表現だと信じてナイフ片手に待ちゆく人を無差別に斬りかかるようになる。
参考資料 http://www.izfact.net/solomon/25_glasya_labulas.html
【本作でのグラーシャ=ラボラスと登場人物の関係】
主人公と契約している悪魔。
グラーシャの紹介文にある最後の一文に関しては「契約したらずっと」ではなく、「あくまでも戦闘時などグラーシャの力を借りている最中」でしかならないものとします。
*多少のグロ表現がありますがそこまできつくないはず。
【本編】
「他の人が閉じ込められればよかったのに」
ぽろり
思わず口からこぼれた言葉に、ハクは眉尻を下げて困ったように微笑んだ。
それでも、そう思わずにはいられない。
「『片方の身体の部位を潰さないと出られない部屋』、ね」
そうい言いながらこちらに顔を向けた友人を見て、「せめて彼以外の人と閉じ込められたいたら」と考える。
「扉は何をやっても開かないし、窓の一つもない。あるのは、沢山の凶器と唯一ある扉に書かれたこの文だけ」
彼はぼくを言い聞かせるように言葉を紡ぐ。
「そんなことを言われたって、ぼくたちにできることは全部やったじゃないか。それに、そのふざけた文の通りに動いたら」
「ぼくたちをこんなところに閉じ込めた奴らの思い通りじゃないか」そう言いかけて、やめる。「相手の思惑通りだとしても、このまま餓死するよりは」などろ続けられてはたまったものではない。
「でも、事実これ以外の手は尽くしてしまったのだろう?」
ぼくの心を見透かしたように、彼は小首をかしげてそう口にした。これだから彼は質が悪い。
どうしてもどちらかの部位を潰さないといけないと言うのならば、ぼくが潰される側にならないと。
術士である彼は痛みに慣れていない。一方、ぼくはもとより殺戮を得手とするバケモノだ。バケモノの生存率を落とす理由はあれど、優れた術士の生存率を落とす理由なんてない。
ああ、この理由がいい。一番近くでぼくを見てきた彼が、これを否定できるはずがない。
「そうだ」
ぼくが口を開こうとした時、凶器の山を興味深そうに眺めていた彼が声を発した。
「ここで君の部位を潰すのはナシだ。この後戦闘になる可能性がある以上、近接戦闘を得手とする君の身体を不自由にすればわたしたちの生存率が下がってしまうからね」
頭を鈍器で殴られた時のように、思考が止まり頭が真っ白になる。
皮肉だ。
ぼくの友人は彼しかない。使い魔たちも仲間だけど、人間は彼だけだ。部位を潰しても治らない友達は、彼だけだ。
どれだけ衝動にかられても、あたり一面を血の海にしようとも。決して傷つけることのなかった彼のことを、正気のぼくが傷つけなくてはならないというのか。
「そうだ、潰す部位についてなのだけれど」
彼はぼくの心を知ってか知らずか、そのまま話を進めようとする。「まって」とか「そんなこと言わないで」とか。そんなことを言いたくて吸った息はヒュッと嫌な音を立てた。
「手足はなしだ。足がないとまともに旅もできないし、術士の手は心臓よりも大切だ。加えて、潰した後の影響を考えると――」
彼はそう言うとくるりとこちらに身体を向けて、「眼球なんてどうだろう?」とぼくに返答を求めた。
「……いいんじゃないかな」
他の選択肢なんて選ばせてくれないくせに、ぼくからの同意を求める彼は残酷だ。
否。彼はこの一連の流れを特に意図せず行っているのだから、より質が悪く残酷だ。
しかし、どうすることもできないものは仕方ない。諦めて小さくため息をつく。
「うん。目は二つあるし、狭まった視界は使い魔たちになんとかしてもらえばいいし。我ながらいい案だと思う」
ハクは頷きながら、弾んだ声でそう言った。
瞳。
傷を隠すのが難しい場所。ぼくが好きな、どこか懐かしい夏の空の色。それをよりによってぼくの手で、彼の意思で潰すことになるのかと思うと背に冷たい嫌な汗が伝った。
学歴のないぼくは瞳を潰す以外の良い案を出すことができない。これは紛れもない事実で、それ故に現状ぼくには諦める以外の選択肢がない。
それでも、嫌なのだ。
どれだけ嫌だろうと、彼の目をこの手で潰さねばならないことなど理解している。こんな錆びた武器の山以外なにもないこの部屋に、長期間居ることはできないだろう。
ぼくは彼を傷つけたくないのに、彼の瞳を潰すことに賛成しているような発言しか許されない。加えて、潰される当の本人はこの選択について「最良だ
」と。「これ以上にない案だ」と言っている。
こんな状況になるほど不徳を積んだだろうか。
己の手で殺してきた人たちを思い出そうとして、諦める。グラーシャ=ラボラスに取り憑かれたぼくには、今まで殺した人の顔どころか人数さえ思い出せない。『すべてを諦め、唯一の友と己の願いを守るために殺す』ことしかできないぼくには、抱えきれないものだから。
それ故、最初の「こんな状況になるほど不徳を積んだのか」という問いに対して、己を知っている者は必ず「積んだ」と答えるのだろう。
わかっている。わかっていても、この現状は地獄のようで。夢であってほしいと願うのだ。
「さあ、そうと決まれば換気扇もない鉄臭い部屋に長居する必要はないだろう」
薄い笑みを浮かべた彼は、ぼくの目を見てそう言った。静かな部屋で、夜空と呼ぶには明るい双眸が真っ直ぐこちらを見据えている。
「覚悟はできたかな?瞳なら、足元に大量に転がる凶器に頼る必要はないだろう」彼は続ける。
「さあ、どうぞ君の手で。こんなところでは悪魔に頼ることもできないのだから。狂わず、君のままで」
ぼくは悲しげに微笑む彼の瞳に手を伸ばして――。
ぐしゃり
ハッとして飛び起きる。
ホウホウと、どこからかフクロウの鳴き声が聞こえる。
手に伝わる冷たい土と草の感触、空いっぱいに広がる星々。
「夢、か?」
思わずそう口にして己の左手を見つめる。
ドロリとして真っ赤な液体と、海の色が己の利き手を滑っていく。それらが一つまばたきをすれば消えたことに安堵する。
大丈夫。ちゃんと、ただの手だ。
多くを殺しはすれど、友を傷つけることはない、己の手だ。
「何をしているのかな?」
ふいに正面から声をかけられる。呆れたような、理解できないと言いたげな声音だ。
「何って、言われても」
顔を上げる。
目の前に居るのが予想通りの人物であることに安心しながら、何気なく彼の左目を見る。夢の中でぼくがえぐり取った方の目だ。
「ない」
暗がりでも右は藍が見えるのに、左は見えなかった。
「さっきから手のひらや人の顔を見ては表情をコロコロと変えて。ようやく社交性を上げる気になったのかい?」
彼はぼくが百面相をする様を見て、表情を作ることを覚えたのかと言いながら、ニコニコとしながらも訝しげな目をしてぼくを見る。その顔にもやはり左目はなく、心臓が早鐘を打つ。
「その目は、一体」
恐る恐る口にした言葉に、彼はキョトンとした顔で小首をかしげて一拍だけ間をおくと、
「君の手で潰したものだろうに。忘れてしまったのかい?」
と、そう言った。