月曜日入院してから今日土曜日までの事
なんか前回の死を覚悟したような記事からすぐ書くつもりが、入院生活が快適すぎてNetflixエンドレスで見まくったりダラダラ自堕落になってたら、前の記事読んだ友達から恐る恐る様子を伺うようなメール届いたりしてホント早く書かなくてごめんなさいって思いました。
とりあえず、あの死を覚悟したのは何だったの?ってくらい順調に回復してます。
7/22(月) 1日目
月曜日の朝9:00に病院ついて、入院の手続きが始まる。
もうふらふらすぎて文字書くのも難しいから夫に全部代筆をお願いする。
その日は主治医のドクターは外来担当じゃなかったので、何処からともなく現れて空いてる診察室で診察してもらい、化学療法を今日する事、その前に栄養剤急速で注入する事などなどの説明を聞いた。
いつもにこやかなドクター、その日も優しい顔で労ってくれて本当に転院してよかったなぁって思った。
血液検査やら色々待ってたらなんだかんだで昼前くらいに病室に入れた。
コロナ患者激増で、個室が隔離病棟みたいに使われてて空いてないかもって言われてたけど、個室ゲットできてホッ。
(夜中吐くかもしれないから大部屋は何としても避けたかった。)
栄養剤の点滴の他にもたぶん化学療法に備えてなのか吐き気止めかなんか入ってたと思う。急に眠くなって小1時間寝てた。ずっと夜中吐き続けたり、吐き気と闘ってたから眠れた事とか栄養剤とかがホントにありがたかった。小1時間だけでもすっごく楽になったように感じた。逆流してきそうな感覚がなくなっててホントにそれだけでホッとした。
前の土日も吐かずに過ごせたけど、吐き気は常にありながら24時間不意に訪れる逆流しそうな感覚を呼吸で横隔膜や丹田らへんを膨らましたり凹ましたりしながらなんとか流れてくれるように動かしていたから、ホントに疲れ果ててた。
薬だろうとなんだろうとひと時の休息がありがたかった。
そうこうしてたらお昼ご飯が届いた。
全部汁物。これならいける。何より最終的に固形物食べられるようにならないと退院できないんだから!と時間かけて完食!
点滴もうって少し働くようになった頭で思ったよね、こういう栄養のとり方あったんやん!!重湯!!思い浮かばんかったわー。砂糖はさけてたからジュースとか…って思ったけど、そもそも点滴ガンガンうってるから今更なんよね。なもんでジュース達はその時すぐは入りきらなかったけど、次の日とかにお茶代わりに飲み切った。
点滴うって楽になったけど、ほぼブドウ糖な点滴続けてたら癌も育っていきそうで怖かった。だから、出された食事はできる限り全部食べて自力栄養に早く切り替えられるようにしようと決意してた。
夕方に栄養剤の点滴がおわり、化学療法スタート。
•アブラキサン
•ラムシルマブ
前の化学療法は一本2時間かかるものがあったけれど、今回のは短そうでホッとした。と思ったのも束の間。アブラキサンの副作用に『手足の痺れ』があり、それが出ないようにアブラキサンをうつ15分くらい前から手足の形をした冷たいパックを装着される。冷やす事によって手足の先まで薬剤を行きにくくして手足の痺れが起こりづらいようにするらしい。
夏場でも、冷房きいた部屋で手足キンキンに冷やされるのキツかった〜。
ここでも呼吸法に救われた。
できるだけ意識を呼吸に集中して冷たい事を忘れるように必死。出産の時のラマーズ法思い出したわ!
でも手足の感覚なくなっていくまでがとにかく痛い!
点滴が終わっても10〜15分間そのままにされる。
長かった〜。でも看護士さんの話では、他の薬で2時間コースの人は途中で新しいパックに交換されるってきいて、さらに大変な苦行に耐えている人がおるのかと驚愕した。鬼だな。
15分くらい耐えると慣れてくるし、30分くらいするとだんだん冷たさが弱まっていくのも感じる。でもそのあとまた新たに冷たいの投入とかホントヤダ!無理!
そのタイプの薬じゃなくてホントよかったーって思った。ホッ
化学療法が終わった後、シャワーやら着替えなどして2本目の栄養剤の点滴。6時間かかるので夜中に終了。
とにかく入院と点滴の1日だった。
でもおかげで吐き気も頭のボーっとする感じもなく、久々に深く眠れた気がする。ホントありがたい。
7/23(火) 2日目
点滴なのか化学療法の効果なのか、朝からスッキリ目が覚めて、何よりもここ数週間どれだけ水分とってもオシッコの量が激減していて水分ほぼ腹水いってる!?って感じだったのが、久々に普通にオシッコがでてめっちゃ嬉しかった。
まさか自分のオシッコの量に喜ぶ日がくるとは…(笑)
朝から視界良好でキリが晴れたような感覚で、どの点滴のおかげかわからんけどもっと早くに入院しちゃえばよかったぁって思うくらい昨日と全然違った。
でも調子乗って部屋うろちょろするとやっぱりまだまだクラクラして調子乗ったらあかんなと反省。
でも吐き気がないのがホントうれしすぎる。
普通の生活に戻れそうな手応えを感じた。
今回の入院の私なりの目標は固形物を食べられるようになる事。なので、吐き気もないしとにかく噛みまくったら何とかなるだろうと、早速昼ごはんから三分粥にグレードアップしてもらう。
久々に煮物っぽい味付けを食べて、あらためて食べれる幸せ噛みしめた。30分くらいかけて完食。それでも胃がつらい感覚があって呼吸法で横隔膜広げたり丹田あたりを膨らませたりしながら消化を促すように外から圧をかけて2時間後くらいに落ち着いた。
7/24(水) 3日目
昨日の楽さどこいったん!?ってくらい、胃のあたりがもやもやする1日。
入院前の逆流感はないけど、トイレに歩くのがやっとで後はベッドで横になる事が多い1日。昨日の楽さはやっぱり薬のおかげだったのかな??化学療法の副作用か?
夫と長男が午後からお見舞いに来てくれたので、最初頑張って座るようにしていたけど、やっぱりすぐに無理になって横になる。
でも、ドクターが見に来てくれた時に栄養剤の点滴なくすにはどれくらい食べられたらいいのか聞いたら、軟飯と軟おかずの通常の1/4以上食べられるようになったらいいかな?って言われたので昼から軟飯にグレードアップしてもらった。
とにかく噛んで噛んで噛みまくって流し込もう作戦!!
これは通常の半分量。だからこれの半分以上食べられたら点滴が抜ける!!と思いつつ、食べられる喜びに酔いしれていた私は完食!食べた後、やっぱり胃がはち切れそうで、呼吸法を小1時間してなんとか消化してもらう感じなんだけどね。(汗)
とりあえず順調に食べる量を増やして、点滴から解放された。
栄養剤の点滴は一本6時間かけて入れられるし、電源コードにつながった点滴を管理する機械使うから部屋の中でもトイレくらいにしか動けなくなる不自由さにも嫌気がさしてたので、それからも解放されてうれし!
7/25(木) 4日目
昨日より吐き気もなくなり、少し動ける感覚あり。
ここから普通食に変更してもらう。
とにかく噛んで噛みまくったらなんとかなるし、普通のおかずが食べたくなったから。私の食欲の強さよ…(笑)
食事の写真はここから撮ってなくてなし。
できるだけ座って過ごすようにして、売店まで飲み物買いにいったり動けるようになってるのを実感。
この病院には癌患者さんが集える部屋があり、この日にちょうどマインドフルネスのイベントがあったので午後から参加。
イベントの後、副作用で髪の毛抜けた後のために帽子やウィッグをどんな感じで準備したらいいのか聞いたら、色々サンプル出してもらって、安いメーカーさんや住んでる市のウィッグの助成金の説明用紙もらったり、とんとん拍子に話がすすんで来週の入院中に業者さんがサンプル何点かもってきてもらう段取りもとってもらったり、かぶっていい感じだった帽子2点も注文してもらって、気にかかってた事がほぼ解決してホッ。
退院してからそれでなくても動く事多くなるんやろな…と思ってたから、入院中に済ませられそうで助かったー。
そして、中途半端に禿げ散らかしてるの嫌だし、掃除面倒だし、抜け出したらバリカンで丸坊主にしちゃおうって思ってたけど、看護士さんから薬おわったら生えてくるもんだけど前に患者さんで痒いからと軽石でこすったらそこだけ生えなくなった人がいるから抜けるときはマッサージとかもせずできるだけ刺激与えないようにした方がいいからバリカンもやめた方がいいってアドバイスもらった。
あぶないところだった。
一生禿げ散らかすところだった…(笑)
7/26(金)5日目
7/27(土)6日目
最後なのにまとめちゃう。(いよっ!めんどくさがり!)
Amazon prime videoでフジロックのLive映像あってなおさらダラダラモード全開。
普通飯の全量をだいたいおかずは完食、ごはんはちょい残しって感じですごす。
腹水はたまってこないけど、一定の大きさでストップしてる感じで凹みもしない(汗)
化学療法が効いてきたら小さくなっていくのかな??
やっぱりお腹が張って動くとつらい感じはあるから体力増やすために歩かないとなぁと思いつつ、ほぼ動けてない(汗)
入院ってホント楽。(ただの怠け者か!?)
入院前はトイレに行くのもやっとだったくせに、自分なりの治療と思って、よもぎ蒸しとか体力の限界超えてよくやってたよなって思う。
ただ、入院したとたんそれら自己的な治療無理やしって感じで離れて、とことん自分甘やかしてしまってるから心が元の状態に戻れるのに時間かかりそうな嫌な予感。(自堕落全開)
今まで頑張ってたことって意味あったんかな?って心へし折られてる感もあるしね。
だいぶ食べられるようになった今、癌の自主退縮に向けて作戦練り直しを入院中にやりとげたいな。
まぁ無理やろうけどな(笑)
まぁでも、退院して子ども達の様子見て、旦那に押し付けて死んでられへんなって思ってまた自己治療の道を見出していくんやろうなって想像つく。
なんかねぇ、友達とかから子どものためにも死ねんやろっていうような言い回しされる事あるけど、私にはピンとこないんよなぁ。
入院前のフラフラ状態でも子ども達なんも変わらんもんなぁ。内心気遣ってたりするんかなって思ったりもするけど、ものの見事に我関せずやもんな。
私が死んでもばあちゃんや父さんから与えられるもん与えられれば問題ないって感じやなって思う。
兄弟3人ともAB型のせいか、はたまたADHDの疑いあるやつばっかりなせいか他人への興味関心ホント薄いなぁって思う。
友達と遊びたいって思ってるけど、遊べれば誰でもいいって感じでこの子じゃないとダメって固執全くしない。
だから母親じゃないとって固執もない。
夫が愛情深い人やから私いなくてもまっすぐすくすく育つやろうなって心底思う。
だから子どものためにっていうより、こんな手のかかるやつらを夫1人に押し付けるのは忍びなさすぎるって感じで生きなければ!って思う気持ちが強い。
私も、もしかしてADHDやったりするんかな?ってくらい一般的な考えっていうのから自分が離れてるなぁって感じる事が多いから、そのせいもあるのかな?
ヘリコプターペアレントとか全く理解できない。
なんで3人も産んだん?っていうくらい、さっさと巣立って楽になりたーいって思ってる自分がいる(汗)
ホントなんで産んだん?やな(笑)
なもんで今の私が生きたい原動力は夫との老後!
付き合ってすぐ結婚して、すぐに子どもできたし、2人の時間短かったせいもあるかな?
2人の老後楽しいだろうなぁってワクワクする。
子ども達がホント唯我独尊すぎてチームワーク皆無やからか、夫婦2人で数々の問題を乗り越えてきた感じはあって、夫婦のチームワークだけは年々深まってる気がする。
ホント子ども達が誰1人それにハマってこないのが残念で仕方ないけど、もうそういう脳の構造やから仕方ない。
私は夫との楽しい老後を目標に生きる道筋立てていく!
一般的な母親とは違ってもそれが今の私なんだなぁ。
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