相席 #同じテーマで小説を書こう
シュピナートヌィ・サラート・ス・ヨーグルタム。
婦人向け雑誌に載っていたこの不思議な名前の料理に惹かれ、今日の昼を隣街にある個人経営のレストランで過ごすことにした。
しかし日曜日だからか人が多い。待ち時間が長くなることを覚悟していたのだが、店員さんはこう言った。
「相席でよければすぐにご案内できますよ。」
窓際のテーブル。向かい側には長いウェーブの髪が印象的な女性。
「…すみません、お邪魔しちゃって。」
注文を終えた後そう謝ると、彼女は
「気にしないで下さい。この店は相席を積極的にしてることでも有名なんですよ。」
と言って微笑んだ。
「そうなんですか?」
「店長さん曰く、人と人との繋がりがうんぬんかんぬんって……」
「な、なるほど……」
しばらくの沈黙。
気まずいような雰囲気に耐えかねて、私は彼女に再び話しかけた。
「この店来たことあるんですか?」
「…はい、この近くに住んでるので。実は全メニュー制覇してるんです。」恥ずかしげに笑う彼女。
「貴方は初めてですよね?」
「えっ…?」
戸惑う私を見透かしたかのように、彼女は続けた。
「シュピナートヌィ・サラート・ス・ヨーグルタム。この店に初めて来る人は、大体これを頼むんです。でも大体、こんな名前を正確には言えないから…」
「あっ……」
彼女は私をよく見ている。注文の時、私はメニューを見ているにも関わらず「シュピナートヌィ下さい。」と大分はしょったのだ。
雑誌で見た通りのその料理が運ばれてくる。向かいの彼女は普通のオムライスを食べている。
「……ここのオムライス、裏の人気メニューなんですよ。機会があったら食べてみて下さい。」
「いいですね、オムライス。」
よく考えたらこの店の他のメニューを全く知らない自分がいる。この料理にばかり気を取られていたな、と思う。
「では、お先に失礼します。」
そう言って彼女は去っていった。私が料理を3分の2ほど食べ終えた時だった。
会釈をして、それからレジスターへと向かう彼女の後ろ姿を見た。
彼女は見覚えのあるバレッタをしていた。
記憶を探り、やがて私は高校時代のある友人を思い出した。
彼女もこのバレッタをしていた。
優しくおっとりして物腰の柔らかいその友人は、大学在学中に事故で亡くなってしまった。当時外国に留学していた私は葬儀に出られなかった。
だからなのだろうか。彼女がもう同じ空の下にはいないこと、そのことを頭では分かっているつもりなのに、心の何処かで彼女はまだ私と同じ時を生きているのだと考えていた。
でももう空想に耽ることが出来るほど若くはなく、事実にただ悲しくなるだけだった。
シュピナートヌィ・サラート・ス・ヨーグルタム。
何も見ずにその名を淀みなく口にできる、そんな人生。
友人が叶えられなかったいくつもの未来の可能性の一つを、相席のあの人はこれからも歩んでいくのだろう。
そう、ぼんやりと思う昼下がり。
テーマ「シュピナートヌィ・サラート・ス・ヨーグルタムの休日」 テーマに惹かれ、杉本しほ様の企画https://note.com/nekoshihoooo/n/n96b2e96e6f00 に参加させていただきました。自作品に影響が出るのを防ぐため他の方の作品はまだ見ていません。万一内容の被り等ありましたらすみません。 素敵な企画をありがとうございます…!!