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2023.12.3 名取事務所『屠殺人ブッチャー』/下北沢『劇』小劇場

【あらすじ】
クリスマス前夜。高級将校の軍服にサンタ帽という異様ないでたちの老人が何者かの手で警察署に運び込まれ、置き去りにされる。老人は意識朦朧。その上英語を話さず、話せるのは東欧の地方語だけのようだ。警部、弁護士、通訳の三人で、身元を割り出そうと躍起になって判明したのは…。東欧に吹き荒れた民族紛争に絡む、身の毛もよだつような恐ろしい事実だった。

公式内容より

【キャスト】
ヨセフ・ズブリーロヴォ … 髙山春夫
ハミルトン・バーンズ … 西尾友樹
ラム警部 … 清水明彦
エレーナ … 万里紗

昨夜のデイキャンプ明けの気だるさを引きづりつつも、本日は名取事務所『屠殺人ブッチャー』千穐楽に。

11/22に1回目を観て、今日で2回目。
生田みゆきさんが新演出を手掛けた今作ですが、私は今回初。
二転三転するスリリングな展開と張られた伏線、精神的にも肉体的にも暴力的で生々しい描写。
そしてなにより己の正義感を揺さぶられる内容は、まさに「息をのむ」「息つく間もない」作品で観終えたあと酸欠状態に。

今日は、開演前に劇場内に流れるマライア・キャリーの曲と舞台上のクリスマスツリーさえ観客を油断させる企み・悪意に感じるわ (苦笑)。

とはいえ2回目なので多少、脚本や演出や役者さんの目線などの伏線に気づく余裕もありました。

ヨセフ(髙山春夫さん)がハミルトン(西尾友樹さん)に話すときのラヴィニア語、実はハミルトンがヨセフの息子・マリオだったと知ってから観ると、何となく何を言っているのか伝わってくるの凄いな

とか

ラム警部(清水明彦)さんとハミルトン(西尾友樹さん)の会話。
初見で観るとステレオタイプなアメリカ人警官とイギリス人弁護士の会話(脳筋vsインテリ)だけれど、ラム警部も実はエレーナの仲間だったという超ド級のどんでん返しを知ってから観ると「怖い!ラム警部の腹芸、超怖ええええーーーーっ」ってなるな

とか

ラム警部がヨセフにコーヒーを渡したときにヨセフが胸に手を当て「ボーラ」と言うシーン。
その「ボーラ」という言葉が、ヨセフが強制収容所で侯爵夫人=幼い子供のエレーナを肉体的かつ精神的に凌辱したあとに自分に言うよう命令したと後半に出てきて、あそこで観客に「ボーラ=感謝の意味」というラヴィニア語⇔日本語をサラリと刻ませたのは、ここにつなげる為だったかと。
また、ここでは日本語訳を語らないのですよね……。
最高に胸糞悪い場面ではありますが、演劇・脚本的にはうまいなぁ

とか。
ほんと脚本の組み立てが巧み。

カナダの脚本家・ニコラス・ビヨンさんが名取事務所のために書下ろしした「慈善家-フィランスロピスト」と同時公演だったのでそちらも観たのですが、どちらもサスペンス劇のようなハラハラする娯楽性と高い社会性が両立していて、他の作品も観てみたくなりました。
(ただ、警察署を偽装したというのはちょっと無理あるかな、とは思った)

また、その巧みな組み立ての脚本を効果的にする演出が。
容赦のなさと、音楽のセレクトがやばかったですね……。


更にそれを昇華する役者陣が良かったんですよ。


ハミルトン・バーンズ@西尾友樹さん
板挟みになり葛藤・苦悩する男を演じさせたら1・2を争う役者さん(当社比/笑)ですが、今回は命や恐怖も加わって追い詰められ度が半端なくて辛い……。
だからこそラストの「僕は(復讐の連鎖は)しない」という言葉に光を感じました。
演技力はもちろんのこと、西尾さん個人から感じる知性と誠実さが合わさった“品の良さ”が合わさっての説得力。
この場だけではなく、きっとこの先どんなに傷つけられた足の事で苦労しても、彼はエレーナや父親に憎しみをむけたりしないんだろうなと。

エレーナ@万里紗さん
楽しげに軽やかに残虐非道な行為を行う姿が凄まじく……。
優しげなのに硬質な声も相まって、まさに復讐の女神のようでした。
「天秤が壊れたあとに剣が残る」
「世界は我々が苦しめられても関心を持たない。だから世界に叫ぶ」
作品内容としてはこういってはいけないと思うのですが、舞台としてはとても格好よく痺れました。

ヨセフ・ズブリーロヴォ@髙山春夫さん
架空の言語をあんなに流暢に、しかも感情をこめて演技するの凄すぎる。
英語が分かるのにわからないふりをする狡猾な顔にハミルトンを見る父親の顔、そして強制収容所時代の顔etc.。
先にも書きましたが、2回目観るとこれらの表情と口調から何を言ってるのか何となく伝わってくるんですよね。
めちゃくちゃ、脚本にどう書いているのか見たいです。

ラム警部@清水明彦
脳筋で空気が読めない警部かと思っていたら、まさかの!! なラム警部。
豹変っぷりに驚愕しました。
あれ、清水さんの軽妙かつ親近感ある演技じゃなければ、あんなにショックじゃなかっただろうなぁ。
序盤の西尾さん演じるハミルトンとのやり取りが絶妙だっただけに、ラストの「ラテン語とギリシャ語の違いくらい分かる」という言葉が地味にきました……。


フィクションとはいえ、人類が繰り返してきた復讐や憎しみの連鎖を題材としたこの作品。白黒、善悪で割り切れないこれらの問いは己の感情と理性の境界線はどこなのかを考えさせられました。

ハミルトンの立場なら“親の因果が子に報う”と復讐を受け入れられるかも知れない
(ま、私ならあんなことをしたと聞かされたら葛藤なく父を殺っちゃうと思う/苦笑)
けれど、実際自分がエレーナと同じ目にあっていたら「しない」って言えない。

そしてマクロな視点では?
直近ではウクライナとロシア、パレスチナとイスラエル。
そして私たちに直接関係のある中国・韓国などアジア諸国と日本。
自分に向けられた復讐が父の因果ではなく “民族の因果”だったら?
「私は、しない」と言えるだろうか……

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