2022.8.24/27 劇団チョコレートケーキ『無畏』/シアターウエスト
劇団チョコレートケーキ『無畏』、24日夜公演と千穐楽を観劇しました。
この『無畏』は、南京事件の戦犯として死刑となった陸軍大将・松井石根を主人公とし「なぜ南京事件は起こってしまったか」、そして「責任」とは何かを問う作品です。
こちらの作品の初演は劇場と配信でも観ているのですが、今回の再演は舞台上から伝わってくる熱量が半端なくて、観劇後は放心状態になりました。
【戯曲について】
孫文や蒋介石と友好を結び、実際軍部の誰よりも日中友好を願っていたことから「松井石根は悲劇の人」と捉える向きもあるようですが(初演後に松井石根をネット検索したら冤罪や濡れ衣という言葉が並んでいました)、そういった声への反論と展開がとても見事な戯曲です。
松井石根の戦争責任を西尾友樹さん演じる東京裁判・日本人弁護士の上室が紐解いて検証していく様は、私がTwitterでフォローしている方曰く「ミステリーの解読のようだった」と。まさにその通りだと感じました。
個人的には「事件の被害者数に矛盾や陣中日誌の実在に疑惑がある。だから南京大虐殺などなかった」という論がネット上でじわじわ浸食している昨今、
松井は「民間人を保護せよ」というような人道的命令をだしていたという事実、そして中国政府発表の被害者数の矛盾などをきちんと挙げつつ
「30万人だろうが数万だろうが、たとえ1人だろうが、罪に変わりはない」
と(戯曲内で)言い切ったことに拍手したいです。
まぁ、日中友好を願ってようが、大東亜共栄圏だの大アジア主義だの立派な主義を抱いてようと、他国をどうかしようと考えた時点で高慢でおこがましい行為だと私としては思うのですけれど……。
また、この戯曲は戦争責任を題材にしていますが、「責任とは何か?」を考えるにも良いテキストとなると思いました。
松井の
「私は軍人だ!」
という属性の逃げ道をつぶして、あくまでも”個人の責任”という一歩先に踏み込でいたのも色々考えさせられた点です。
できれば戯曲を文字でも読んでみたいですね。
この先、責任という言葉をお茶を濁す程度に使用したり、そのような軽い使い方をしているのをみかけたら、上室@西尾さんボイスで「魔法の言葉ではありませんよ」「それは思考停止です」と脳内に響いてきそうです(笑)。
【演出他について】
『追憶のアリラン』と隔日でシアターウエストを使用するスケジュールなので、セットは初演と変わり『アリラン』と同じ舞台に。
でも、同じ舞台セットでも照明と演出と小道具でそれぞれの作品と一体化する、この面白さを楽しめるのもこの企画ならでは、と考えたらお得な気持ちに。
初演時の舞台上の亀裂に上から水が滴る演出が、松井の心の底に溜まっていた澱みが流れ出ているようで好きだったのですが、あれはシアターウエストより狭い駅前劇場だからこそ映えたのかもしれません。
音響はブラッシュアップされたと感じましたがちょっと自信ありません。音がより立体的に伝わってきて、徴発シーンの炎の音や南京攻撃の音、最後の絞首刑の音は耳を塞ぎたくなりましたが、スピーカーの違いだったらごめんなさい。
照明も舞台が変わったのでかなり変わったと思います。暗闇から台詞が聞こえてくるなど、暗が効果的に多用されていて、作品がより重厚になったかなと。
そして初演でも衝撃を受けた、上室弁護士と松井の最後の検証場面。
椅子や机を記録文書や日誌ごとひっくり返して強奪を、さらに椅子を女性に見立てて強姦を再現して見せる場面は、こう来ると分かっていても辛かったです。これは千穐楽前にTwitterでみかけた(多分)感想ですが「机をひっくりかえす=知性を蹂躙している」というようなことを書いていた方がいらっしゃり、その表現がとても腑に落ちました。
あと、辛いといえば初演にはなかった日本軍の徴発場面も。粗暴で惨たらしい行為の視覚化と、それを読み上げる上室の淡々とした声……。差し出された飯盒を手に取る上室の何とも言えない表情がとても印象に残っています。
【役者さんについて】
初演時とキャストが変更になったのは飯沼少将。青木柳葉魚さんから浅井伸治さんになりました。
(録音された声は浅井さんから岡本さんになっています)
松井の私設秘書・田村役の渡邊りょうさん。
『アリラン』でも大型犬のようなと書いていますが、田村もまたそんな感じ。ってか、こちらは犬種指定でサモエド系男子(頭は悪くないのに、妙に頑固だったり融通きかないんだそうw)。
初演より好き度がパワーアップしていて、全身全霊で「松井閣下、大好き!」となっているのは『無畏』唯一の癒し枠です(笑)。ただ、田村自身の考え方はアレなので、上室とのやりとりが笑いどころなのか悩みます。ズレてるのに必死というのはコメディでもあるのですが、ちょっと題材が題材なので💦(また、西尾さんと渡邊りょうさんの二人の掛け合いとしてみたらとても好きなのが困るw)
陸軍大佐・武藤役の近藤フクさん。
例えるなら『無畏』のスネ夫枠な武藤。その蝙蝠っぷりに磨きがかかったように感じました。本人に自覚がない分たちが悪いタイプの人間をあまりにナチュラルに演じられているので、他の作品を観ているにも関わらずそういうイメージがついてしまいそうな程でした💦 私が松井だったら巣鴨で武藤に「中支方面軍の思い出をしましょう」なんて言われたら100%キレる😅
陸軍少将・飯沼役の浅井伸治さん、陸軍中将・柳川役の原口健太郎さん、陸軍中将・中島役の今里真さん。
朴訥な朴青年から一番慧眼を持っていたにも関わらず軽んじられる陸軍少将へ、上の顔色を窺いつつも部下想いの朝鮮総督府主席検事から粗野な陸軍中将へ、戦前・総力研所属→戦後・農協勤務の温厚な久米さんから、サディストの陸軍中将へとそれぞれジョブチェンジ。
今里さんは2日、浅井さんと原口さんは1日どころか17時間で、無畏→アリラン→無畏ですもんねぇ。ほんと凄すぎます。
巣鴨プリズン教誨師・中山役の岡本篤さん。
初演時と印象が全く変わったと感じたうちの一人が、岡本さん演じる中山でした。初演では言い回しが強いところもあって、上室とは別の意味で怖かったと記憶しています。
それが今回の再演ではガラリと変わり、言葉の端々に慈しみが溢れておりました。ありがたさすら感じて松井と一緒に手を合わせたくなったほど(笑)。
そんな執着を捨てる仏教の教えを実践して感情を出さない中山が二度だけ感情を露わにする場面、とても胸にグッときました。特に松井のお念珠を預かった時の一瞬の表情に声に姿に涙です。
そして初演時と印象が全く変わったと感じたもう一人の登場人物、西尾友樹さん演じる東京裁判日本人弁護士・上室。
初演時は冷静沈着というよりドライ。松井と向き合う姿は弁護士というより検察官の尋問のようで異質さを感じ、エピローグまでは「松井が自分が蓋をしていた罪の意識が生み出したイマジナリーフレンドならぬイマジナリー弁護士かな?」とも思ったものですが、再演の上室はちゃんと弁護士で血と肉が通った人間でした。
松井が自分の罪と真正面に向き合う場面。
上室が突き放しすぎても寄り添いすぎても松井石根という人物が悲劇の人に見えてしまう(林さんとの体格差もあるので余計に)と思うのですが、まさに“がっぷり四つ”の芝居でぶつかり合っていて素晴らしかったです。
余談ですが、劇中ではバックボーンが何もあかされていない上室さんですが、古川さんの頭の中にはきちんと設定があるそうです。zoomコメンタリー時は「ご想像にお任せします」(従軍経験ありでベタな設定というヒントはありました)でしたが、やはり謎なのでいつかアフターアクトならぬアナザーアクトを観てみたい😆
素晴らしいといえば、松井石根を演じた林竜三さん。初演でも迫真の“松井石根”でしたが、今回は迫真を通り越して鬼気迫っておりました。
(稽古中が始まって4kg痩せたとツイートされていて😱)
もう、血を吐き出すように台詞を吐く場面は圧巻すぎて、感想を言う事すら申し訳ないほど。
ただただ拍手です。
千穐楽のダブルコールのあと、西尾さんと共に笑顔で客席にお辞儀するお二人の姿。
とてもとても素敵でした👏👏👏👏
2020年7月末に下北沢・駅前劇場で上演されたこの作品。
緊急事態宣言が明けて、ちらほら公演をしだす劇団が増えてきた頃だったと記憶しています。半数に間引かれたスカスカの客席、最前列に座った方達が装着していたフェイスシールド、そしてソーシャルディスタンスに最大限気をつかった演出と、今思うととても異質な空間の中で行われた公演でした。
そんな、エンタメを含むあらゆる業種が受難の真っただ中。
それでも少しでも多くの人に作品を届けたいと配信を始め、しかも劇場に足を運んだ人も楽しめるよう俳優の視線で劇を観られるアクターズカメラという新しい(頭にカメラを付けて演技するので、俳優さんにとっては間違いなく苦痛な)手法を取り入れた劇チョコさん。
他にも無料で過去作品を公開したり、配信を劇団員の皆さんと共に観劇するZoomコメンタリーなどで双方向のコミュニケートができる時間を提供してくださったり。
このサービス精神あふれるアレコレのおかげで、ただの一観客の自分では知りえなかった演劇製作の裏側や舞台美術や小道具や照明など、役者さんの演技と脚本以外の観賞ポイントを知ることができ、観劇の楽しみ方に幅ができたように感じます。
そんな劇団チョコレートケーキがぶち上げた夏祭りも残りあと1篇。
明日(やはりスケジュールが変w)の新作『ガマ』の上演が始まります。
こちらも楽しみでなりません。
興奮冷めやらぬままの文章なので、前回以上におかしな文章が多いと思います😰
それでももし、ここまで読んでくださった方がいらっしゃったら本当にありがとうございます。
そしてしつこいようですがこちらも配信がありますので、ぜひ。
■映像配信日程2022年9月17日(土)10:00~10月16日(日)22:00
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clover
観劇が趣味の普通の会社員。 自分の備忘録代わりに観た舞台の感想をつらつらと書いていけたらなと思っています。 ◎好きな役者・劇団/横田栄司・成河・劇団チョコレートケーキ・カクシンハン・パラドックス定数・イキウメetc.