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【短編小説】人生とマラソンの関連性について。(1788字)


 勢い良くピストルがなり、ランナーたちが一斉にスタートした。

 はぁ……。どうして参加する羽目になってしまったんだろう。

 僕は、勝手に申し込みをした両親を恨んだ。ほんと、勘弁してほしい。まあ、走るのは嫌いじゃないけどさ。

 ふと横を見ると沿道には大勢の人がいて、手をたたいて応援してくれていた。
 
 ……しかたない。参加したからには、ぼちぼち頑張るか。

 僕はひとまず周りの人についていくことにした。

 

 しばらくすると、徐々に先頭集団ができ始めた。彼らについていくか否か、ランナーたちは選択を迫られる。

 ……あんな速い奴らに、はりあえるわけがない。

 僕は自分のペースを守った。自然と似たペースの人たちが集まって第2集団を形成し、僕はしばらくその中心で心地よく走った。



 ふと、足元で何かがはねているのを感じ、思わず視線を落とした。

 靴紐だった。ほどけた靴紐がリズミカルに踊っている。

 …………まったく、なんでこんな時に。

 焦りが手を動かなくする。ようやく固く結び終えたときには、僕は集団からかなり離されていた。

 ……ここで一人取り残されるわけにはいかない。僕は歯を食いしばって走り、なんとか第2集団の一番後ろに追いついた。

 でも、集団の真ん中で走るのと、一番後ろで走るのでは、全然違った。

 
 しばらくすると、僕はペースについていくことができなくなった。心臓がドクドクと音を立てて息苦しい。

 ……仕方ない。いったんこの集団から外れよう。まあ、そんなにこのレースにけているわけじゃないしさ。

 第2集団から離れたあとは、長い間、一人で淡々と走った。

 沿道の応援もなくなった。



 ふと、後ろから足音と荒い息づかいが聞こえた。

 まさか。

 そう思った瞬間、僕はあっけなく追い抜かれた。僕を追い越していった彼は、何かにとり憑かれたかのように懸命に前を目指していた。

 ただ走っているだけでもキツイのに、なぜあんなに頑張れるんだろう。僕の胸がなぜかチクリと痛んだ。

 一人、また一人と追い越されていくうちに、僕はもう抜かれることをなんとも思わなくなった。……もうどうでもいい。早くゴールが来てこのレースに終止符を打ってほしい。




 後ろから笑い声がした。
 
 ハッとして振り返ると、高校生の集団だった。彼らは苦しそうに、でも楽しそうに、賑やかに走っていた。

 僕よりずいぶんと若い彼らが僕を追い抜いていく。僕は今、どう見られているんだろう。……かっこ悪くて衰えた大人だろうか。

 そして、気づいてしまった。

 僕は今、ほぼ最後尾なんじゃないのか。

 後ろを振り返っても誰もいない。前にのみ大勢の人、人、人。僕を追い抜いていった人たちだ。

 いつの間に僕のレースはこんなに取り返しのつかないことになった……?

 どこで間違った? あの靴紐か? 第2集団を落ちたのがダメだったのか? そもそも走るレースを間違ったのか? 

 こんなはずじゃなかった。
 最初は、曲がりなりにも頑張ろうと思っていたはずだ。

 巻き返そうにも、うまく体が動かない。もっと最初のうちに手をうつべきだった。
 もう遅すぎだ。

 でも。 でも、どうか最期くらいはカッコよく終わりたい。

 足が鉛のように思い。目がかすむ。周りの音もよく聞こえない。急に年老いてしまったかのようだ。
 それでも僕はがむしゃらに走った。多分、一人か二人は追い抜いたと思う。必死すぎてよくわからなかった。


 ゴールが見えた。待ちに待ったゴールだ。やっとこのレースから降りられる。そのはずなのに。

 むなしくてたまらない。

 最期はもっと達成感があるんだと思ってた。なのに、どうしてだろう。なぜ視界がにじんでくるんだろう。……あんなに最初は面倒だったのに、今はまだ走りたくて、たまらないなんて。


<完>

「マラソン」 誠文高等学校3年 久我正也



    ◇



 剛志つよしはその原稿を食い入るように見つめたまま、微動だにしなかった。非常に居心地が悪い。

「えっと……どうかな? 次の文芸コンクールに出してみようと思うんだけど」

「俺、この話嫌いだな」

「えっ……」

 動揺したのは、きっと僕自身もこの作品に自信を持てていないからだ。

 彼は無言で立ち上がり、極太のマジックを持ってくると、小説の末尾の <完> の文字を棒線で消してこう書いた。


<完>
これは全員が通過する予選会。
本番はこれからだ。
あきらめんな。
これからすべてがはじまるんだよぉぉ!!



 思わず笑みがこぼれた。

「……そうだな、こうした方が断然いい」

 剛志つよしは嬉しそうに口の端を持ち上げた。

「だろ?」



<終わり>




 皆さま、貴重なお時間をいただき、読んでいただいて本当にありがとうございました! 今回はそんなに楽しい話ではないし、小説っぽくもならなかったな……と一抹の心配があったので、こうして最後までお読みいただいたことに感謝の気持ちで一杯です。

 久しぶりの投稿になりました。今後は最低でも週1ペースで作品をあげられるようにしていきたいと思っています……。これからもどうぞよろしくお願いいたします!


   


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