![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/157130947/rectangle_large_type_2_f2280d369918db2c6e14888c0b738ff6.png?width=1200)
「名探偵を夢見て」第8話
翌日、俺は深山とファーストフード店の二階でチーズバーガーをかじっていた。翔太は昨日の戦闘による負傷と疲弊で寝込んでる。俺は生まれつき頑丈で回復も早いが、深山も相当なもんだ。
一応聞いてみたら、やっぱり「名探偵になるために鍛えてるんだ」という、わかりきった答が返ってきた。
「それでは早速、お姉さんのことを聞かせてくれ」
深山はチキンナゲットを頬ぼりながら器用に話す。俺は食べながら喋るのは好きじゃねえ。行儀悪いからな。ピクルスを嚥下してから口を開く。
「ああ。姉貴の名前は南志帆……そう、志すに帆船の帆。二十四歳の会社員だ。よくわかんねえけど、中小企業の事務職って言ってたな。就職してからひとり暮らし始めたから、今は一緒に住んでねえんだよ」
「頻繁に会ったり連絡を取ったりしているのか?」
「時々実家に帰ってくる。二、三週間に一回くらいかな。会うのはそんときくれえだ。特に連絡取ったりもしてねえな」
「元気がないというのは本人から話してきたのか? それとも君から聞いたのか?」
「別に姉貴からは何も聞いてねえ。俺から聞き出すこともしねえ。でもな、姉弟だからわかんだよ、落ち込んでるだってことくらいはな」
「なるほど。しかし、気付いたのならなぜ直接その理由を訊かないんだ?」
「え? いや、そりゃ、俺別にそんな気になってねえし……」
「……理解した。安心しろ。君の中にいかに複雑な感情が渦巻いていようとも、私の前で照れ隠しは不要だ」
深山がそう言ったとき、後ろのテーブル席に座る男子学生たちがバカ笑いを上げた。俺たちの会話とは関係ねえことで笑ってんのはわかってても、なんか気になっちまう。
「志帆さんは私と似ていると翔太が言っていたが、君から見てもそうか? どういうところが似ているんだ?」
「いや、そんな似てねえよ。ちっこくて、地味で、頭が固そうなとこくれえだ」
「君は私を貶しているのか?!」
「あ、すまん! そういうつもりじゃなかったんだが……」
「君がそんなだから、志帆さんも気軽に相談できないんだろうな。可哀想に」
バナナシェイクを飲みながら放った深山の一言が、なぜか心にぐさりと刺さった。悔しいくらい、痛いぜ……。
「志帆さんの写真はないのか?」
「……ある。ちょっと待ってろ」
スマホの写真アプリから写りの良い姉貴の写真を見つけて、深山に手渡した。
スマホに視線を落とした深山は、妙に納得した表情で深く頷いた。
「確かに似てるな。海斗。今のうちに言っておくが、私のことを好きになるなよ」
「バカ言ってんじゃねえよ! そういうおちょくりとかいらねえから、さっさと話進めようぜ」
「ふふ、すまなかった。話を続けよう」
深山はわずかに残ったポテトをつまむ。俺は乾いた喉を潤すために、スプライトを一気飲みした。
「一応聞いておくが、志帆さんに恋人はいないのか?」
スプライトを吹き出しそうになった。
「いねえよ! 姉貴にそんな奴はいねえ!」
「……お、おう。そうか。わかった。なんか、すまん」
「……いや、俺の方こそ、すまなかった。姉貴は友達も少ねえんだ。多分、恋人とか友人が原因じゃねえ」
「ふむ。志帆さんはSNSはやっているのか?」
「有名どころのアカウントはもってるみてえだけど、投稿とかはしてねえな」
「そうか。君が言うんだから間違いないな。残念だ」
なんだそりゃ?
「考えてみりゃ、SNSって結構な情報源だよな」
「そのとおりだ。昨日の東高のふたりの情報もSNSで調べたのだよ」
「へえ、そうだったのか。ん? バイクはわかるけどよ、あいつ妹のことまで投稿してたのか?」
神谷はそういうタイプには見えなかったが、人は見かけによらないもんなんだろうか。
「本人のアカウントではなく、妹の裏垢を探ったんだ」深山が事もなげに言う。
「マジかよ、裏垢なんてよくわかったな!」
その場で会ったばかりの不良の妹のアカウントってだけでもあの短時間で探し出すのは難しそうに思う。裏垢となったらなおさらだ。
「君は意外と細かいところを気にするな。私もあのときは余裕がなかったからな。奥の手を使ったのさ」
「奥の手だと!? どんな手だよ、そりゃあ!」
「ふっ、仕方ないな。海斗には教えてやるが、他言無用だぞ」
深山はおもむろにスマホをいじり始めた。そして、そこに映った画面を見せてくれた。『SDN』と書かれたチャットアプリのような画面が表示されている。
「SDN?」
「スーパー・ディテクティブ・ネットワークだ。私のような名探偵たちの集いの場さ」
「スーパー・ディテクテ……なんか、とんでもなくダサいな」
「なんだと!? 君は我々を愚弄するのか!!」
深山が両手でテーブルを叩きつけた。バンッと大きな音が鳴り響き、俺のスプライトが虚しく宙に舞った。
鬼の形相で俺を睨みつける深山を、他の客たちは見て見ないふりをして過ごした。意外なことに、動画を撮ろうとする輩すらいない。それほどまでに、怒った深山には言いようのない迫力があった。
これは……こんなに怒らせちまった俺が悪いな。
「ダサいは言いすぎた。申し訳ない」