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「名探偵を夢見て」第2話
「なんだあ? お前が俺たちの相手してくれるってか? ふざけんじゃねえぞ!」
三人組の中でも最も背が高い不良Aが右手を伸ばし、深山の胸ぐらを掴んだ。
見るに堪えず、「おい! やめろ!!」と叫んだ、その直後だった。
一瞬の出来事だった。深山は胸ぐらを掴む不良Aの親指の隙間に、自身の薬指と小指を滑り込ませて、引っかけた。そのまま相手の親指を手全体で握り、体重を巧みに利用して関節の反対方向にひねった。力が抜けた不良Aの右手が深山の胸ぐらから外される。
人間は指を押さえられると力を入れ続けることができない。深山の動きには明らかな修練の跡が見られた。思わず、息を呑んだ。
深山は不良Aの右手を掴んだまま身体を左側に傾け、勢いよく右足を振り上げた。磨き抜かれたローファーの先端が、不良Aの急所に深く突き刺さった。彼は腹の底から哭声を上げ、顔を真っ赤に歪めながら地面に崩れ落ちた。
倒れた不良Aに向かって、深山が拳を振り上げる。トドメを刺すつもりだ!
三人組の中で最も分厚い筋肉を持つ不良Bが、背後から深山の腹部に抱きつくような形で彼女の追撃を止めた。
「シャレになんねえぞ、てめえ!」
不良Bはそのまま深山を締め上げようとした。
だが、その前に深山が動いた。
深山は再び勢いよく右足を上げ、不良Bの足指を踵で踏み砕いた。
「ぐうう!」と不良Bが呻きを漏らす。
深山は力が緩んだ不良Bの手に自分の左手を重ねて固定し、右手で相手の人差し指を掴んだ。そして、逃げ場を失ったその指を、全力でやばい方向に曲げ込んだ。
嫌な音がした。不良Bの大きな悲鳴が、その音の余韻をかき消した。
三人組の最後のひとり不良Cの目に恐怖の色が浮かび、震える足で一歩、二歩と後ずさる。冷や汗が彼の額から滴り落ちる。深山の目には冷たい光が宿り、その視線だけで不良Cの足が竦む。
俺にはまだ目の前で繰り広げられているこの光景が現実のものだと信じられずにいた。
何なんだ、こいつは? 容赦がないってレベルじゃねえ。淡々とした暴力に寒気がしやがる……。
「うわあああ!!」
奇声を上げ、不良Cは深山に殴りかかろうとした。しかし、その動きを読んだ深山は、瞬時に右手の四本の指を前に揃え、その先端で鋭く不良Cの喉を突いた。
貫手だ。指での攻撃は拳よりも面積が狭く、一点集中的なダメージを負わせることができる。それをもろに喉に食らった不良Cは堪らず膝をついた。
すかさず、深山は左手をお椀型に構えて、手のひらに空気を溜めた。その状態から、不良Cの耳を激しく打った。
イヤーカップ。空気圧で三半規管にダメージを与え気絶を狙う危険な技だ。素人が気軽に使えるものじゃない。
案の定、深山の技は不発に終わった。しかし、彼女の攻撃は止まらない。
深山は右手を広げ、力を込めて第一関節を曲げた。虎爪だ。やばい。まさかとは思うが、こいつはそのまさかをやるタイプだ!
「もうやめろ!」
俺は深山の右手を掴んで止めた。彼女は目をきょとんとさせて俺を見上げた。「なんで?」って顔してる。なんでじゃねえよ。
不良たちはその隙を見て、逃げ去った。悪童と知られた三人組が、捨て台詞すら残せずに逃げていった。奴らの完敗だ。俺は深山の手を離した。
「なぜ止めたんだ?」
「お前、あいつの目を潰そうとしただろ?」
あのとき、深山は虎のように構えた指先を不良Cの顔面に突き立てようとしていた。非常に有効な攻撃手段だ。先程の戦いを見てわかったが、深山は指の力が異様に強い。そして、容赦がない。目を潰すことすら、やりかねない。
「確かに目潰しをしようとした。戦意を奪うためだ」
「そこまでする必要ないんじゃねえか?」
「……それは君が強いからそう思えるんだよ。自分よりデカくて固くて重い相手を制圧するには、私には他に手がないんだ」
「なるほどな……。やっとわかったよ」
先程、深山は『犯人を無傷で捕まえることができない』と言っていた。格闘技や護身術では自分が怪我をしてしまい、我流の喧嘩技では相手を傷つけすぎてしまうのだろう。
「お前は不必要に敵を傷つけねえ戦い方が知りたいんだな。だから、お前は俺から喧嘩を教わろうと考えたってわけか」
「そのとおりだ。私は悪を罰するためなら暴力もやむを得ないと思ってる。だが、別に好きで相手の肉体を破壊をしたいわけではない」
「まあ、そうだよな」
大体のところは理解できた。ついでに、深山の指に強さについて聞いてみた。何気に気になってたからだ。
深山は笑みを浮かべて、こう答えた。
「私は名探偵になるため、幼少期からピアノとバイオリンを嗜んでいるのだ。毎日何時間も練習した。だから、自然と指が強くなった。指の力と器用さは、細かな証拠品を扱う上でも役に立つんだよ」
納得できるようなできないような。ってか、こいつガキの頃から探偵になろうと思ってたのかよ。こいつは本当に本気でマジだぜ。
「さて、それでは君の喧嘩の仕方を教えてもらおうか」と深山が言いかけたとき、遠くから慌ただしい足音が響いてきた。
またか。
反射的に身構えたが、今度は見覚えのあるメンバーだった。西校の不良グループだ。不良は不良だが、今度は俺と敵対関係にない、お友達の不良だ。
「南さん! すまねえが、力を貸してくれ!」
不良のひとりが息を切らせながら、そう懇願してきた。只事ならぬ様子がヒシヒシと伝わってきた。
「何があったんだ?」
「翔太が……翔太が連れ去られたんだ!!」