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「名探偵を夢見て」第22話
「場所を変えるぞ。このコンビニにはアイリもよく来るんだ。あいつにこの話は聞かれたくねえ」
神谷の表情は真剣そのものだった。アイリというのは、神谷が溺愛してる妹の名前だったはずだ。なんか言葉にできねえような、嫌な予感がした。
俺たちはコンビニから少し離れたところにある、小汚い町中華の店に入った。こういう店は旨いものだと相場が決まってるが、残念ながら口の中がズタボロなので料理を味わうどころじゃなかった。塩分が深く染みる。
夕飯を食った後なのか、半チャーハンだけ頼んだ神谷が、おもむろに口を開いた。
「山田は知らねえだろうが……翔太の両親は喫茶店やってんだよ。古くせえ店だが、なんかそれがレトロチックだか何だかって、SNSで地味に人気なんだ」
「そういや、去年くらいから店が忙しいって翔太が言ってたな。あいつ、結構店手伝ってんだよ」
そう言って深山を見ると、わかっているというように、頷き返してきた。
「私も翔太の家に何度かお邪魔してるから、もちろん知ってる。神谷の言うとおり、SNSでも『知る人ぞ知る』タイプのお店として紹介されることが多いんだ。私はまだ入ったことがないから、ぜひ一度行ってみたいと思ってる」
「それなら今度俺と行きませんか」と山田が遠慮がちに言いかけたが、それは怒りが滲んだ神谷の声によりかき消された。
「ただのボロい店だよ。だが、可愛いアイリはSNSの評判に騙されて、モデル仲間連れて店に行っちまったんだよ」
神谷は一連の出来事を説明してくれたが、それは妹への愛情にまみれていて、驚くほどわかりづらかった。深山も困惑の表情を浮かべ、山田にいたってはあからさまにドン引きしていた。
「確認なのだが……このような理解で正しいだろうか」
深山による要約はこうだ。
神谷アイリは友人たちと五人で翔太の親が経営する喫茶店——『喫茶つばさ』を訪れた。彼女たちは自分の存在をアピールするかのように大声で喋り、騒いだ。そして、その日バイトをしていた翔太が彼女たちに注意したことから、口論に発展した。
元来より喫茶つばさは静けさを好む高齢者の憩いの場であったが、昨今はSNSの影響もあり、派手な若者も多く来店するようになった。その中でも、アイリたちのグループは度を超えた騒ぎ方をしていたのだ。常連客のためにも、大声を出さないよう、翔太は頼み込んだ。
一方で、アイリたちは対価を支払った客として、店での時間を満喫する権利を主張した。理屈として正しいかどうかは二の次で、店員が逆らってきたことに立腹したのだろう。アイリは感情的になって、泣き出した。目を腫らせて帰宅した彼女を見て、神谷は怒りに燃えた。
「お前……それで翔太に逆恨みしたってのか?」
「確かにアイリを泣かせたあの男は万死に値する。だがな、それだけなら俺があいつを叩きのめせばいい話だろ? 問題はそれだけじゃなかったんだよ」
神谷は目を伏せ、さらに続けた。
翔太とアイリたちの口論は時が流れるにつれて激化していった。見かねた喫茶つばさの店員が仲裁に入った。堂々とした態度、説得力を帯びた声と言葉選び、醸し出される大人の雰囲気に、アイリは心を奪われてしまったのだと神谷は言った。
「店員風情が俺の可愛いアイリをたぶらかしやがったんだ! 許せるわけねえだろ!!」
「え、いや、それは……」
「アイリは自分の目元がきつすぎるって気にしてんだよ! 俺は可愛いと思うって何度も言ってんのによ……あろうことか、『あの人みたいに涼しい目元になりたいなー』とか言って目を輝かせてんだぞ? ありえねえよ!!」
「君といい、海斗といい……どうかしている」と、深山が肩をすくめた。山田もコクコクと首を縦に振った。
俺まで一緒くたにされるのは癪だが、神谷の怒りは理解できるところがある。もし姉貴が同じようなことになったら、俺も嫌な気分になると思う。これは至って正常な感覚だ。
「お前は翔太を拐って、その店員の情報を聞き出そうとしたんだな?」
「そうだ。あいつは何回聞いても口を割らなかった。俺はあのボロい店まで何度も足を運んだが、クソ店員は辞めた後だった。そいつの家とか転職先とか聞いても、店長たちは『個人情報を教えることはできない』も一点張りだった。だから拐ったんだ。逃げられねえようにして、追い詰めてやるつもりだった」
「テメエ、そんなことに俺達を巻き込んだのかよ」山田が声を荒げた。
「は? お前たちだって、西高と決着つけたがってたろ? 俺はふたつの目的を果たすためにひとつの手段を取っただけだ」
少しずつだが、話は見えてきた。要は、神谷も人探しをしていて、翔太がその手がかりを持っているってだけの話だ。手がかりがあるだけ俺たちの人探しよりマシな状況に思えるが、やることわかってんのに進展がねえことのつらさは、今の俺にはよくわかる気がするぜ。
「お前も大変だったんだな」
「南……わかってくれるのか。初めて会ったときから、俺はお前のことを器のでかいやつだと思ってたよ」
「そいつが働いてた店はわかってるんだ。客から情報を掴むことはできなかったのか?」
「名前と年齢……それに人柄ぐらいだな。居場所まではさすがに誰も知らねえようだった」
そうだ、と神谷が何か思いついたような顔をした。
「深山だっけ? お前、前に俺と山田の情報調べて脅してきやがったよな? あのときと同じようにこの店員のこと調べられねえか?」
「私は翔太の意に反することには協力できない。彼は私の師匠だからな」
「なんだよ、それじゃ無理だよな。仕方ねえ。おい、南。お前も翔太のとこの店に行ったことあるんだろ? ダメ元で聞くけどよ、お前は先月まで働いてた北川薫っていう27歳くらいの店員に憶えねえか?」
北川薫? 俺は我が耳を疑った。
「海斗……」深山も驚きに目を見開いて俺を見た。
そのとき、翔太からチャットの返信が届いた。