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「名探偵を夢見て」第11話

「彼女は佐藤さん。志帆さんの同僚だ」
「佐藤です。よろしくお願いします」

 深山に紹介された女性はそう言って、ぺこりと頭を下げた。俺みてえな若輩者にも礼儀正しい、いかにも真面目そうな女性だった。

 俺たちは彩風商事から2駅ほど離れたとこにあるファミレスに来ていた。和・洋・中のバランスが良くて、お財布にも優しいメニューが魅力的な店だ。まあ、コーヒーは泥みてえな味すっけどな。

 佐藤さんはちょっと気まずそうに俯いてる。深山が何と言って彼女に声かけたのかはわからねえが、こいつのことだから、突拍子もないこと言って強引に誘い出したに違いねえ。

 自己紹介を返そうとすると、ちょうど店員が料理を運んできてくれた。俺はミックスグリル、深山は冷やし天ぷらそばで、佐藤さんはグラタンを頼んでいた。グラタンの湯気が、佐藤さんの分厚いメガネのレンズを曇らせた。

 メガネを外してレンズを拭う佐藤さんの顔を見て、ああ確かにあの写真に写ってた女性だと思った。昨日SNSで深山が見つけたレジャーランドでポーズを取る数名の女性、その中で一番地味めな人物が、今俺たちの目の前にいる佐藤さんだった。

 彼女は猫舌なのか、スプーンで小さく掬ったグラタンにフーフーと息をかけて冷ました。

「突然お呼び立てしてしまって申し訳ない。改めて、私は深山という。名探偵の卵だ。そして、こちらのごつい不良が南海斗……志帆さんの弟だ」

「南っす。いつも姉が世話になってます」
 こういうとき、どんな言葉遣いしたらいいのかわかんねえが、深山よりは行儀よく挨拶できた自信がある。

「南さんの弟さん……本当に? あ、ごめんなさい……」
「いや、いいんだ。気にしないでくれ。確かに海斗は志帆さんとは似ても似つかない荒くれ者だ」
「お前なあ……」

 まあ、確かに、俺と姉貴は似てねえ。口の悪さだけ別にすりゃ、深山が姉貴の妹だって言われた方が信じてもらえそうなくれえだ。

「姉貴はバカ真面目だけどよ、俺はあんな風になれなくて、まあこんなんになっちまった」
「彼は極悪な不良に見えるが、根は優しい青年だ。安心してくれていい」
 なんとも不良の名が折れる紹介の仕方だ。だが、それが良かったのか、佐藤さんはちょっと緊張が解れたみてえに笑ってくれた。

「ふふ。そうなんですね。そうかあ、南さんにはこんな弟くんがいたんだね」
 佐藤さんはまずいコーヒーを平然とした顔ですすった。
「南さん……お姉さんは、えーと、普通じゃないというか、個性的な人だから、なんとなくひとりっ子なんじゃないかと思ってたんです」

「あなたから見た志帆さんはどのように普通じゃないのか、教えてほしい」
「どのようにって言われても難しいんだけど……」

 そりゃそうだ。姉貴を言葉で表すのは結構むずい。深山を表そうとするくらい、むずい。

「私たちは志帆さんが最近元気を失っている理由を知りたいんだ。普段の彼女の様子から、私たちはその原因が職場にあるのではないかと睨んでいる」

 深山の歯に衣着せないどころか、まるで神経を剥き出しにしたような口調に俺は驚かされたが、そのストレートさは佐藤さんの感性に見事に刺さったようだった。

「さすが名探偵の卵だね。うん。南さん、会社では平気そうにしてたんだけど、もし落ち込んでたんだったら、会社に原因があるんだと思います」

「なんか仕事でやらかしちまったのか? 姉貴は勉強できた方だけど、仕事と勉強は違うっつーしな」
「そうだな。それに優秀な人間とてミスはするものだ」
「ううん。業務上のミスとかじゃないの。その……」

 佐藤さんは何か言いづらそうにしてる。俺はその様子からピンときた。

「人間関係……っすかね? 姉貴、学生の頃からそういうの苦手だったからな」
 まっ、人のこと偉そうに言えねえけどよ。

「南さんは、その、我を通すタイプだから……衝突も多くて」
「そうなんだよな。姉貴は頭固えからなあ」
「ふむ。頑固者で他者とよくぶつかる、と。そういうところは姉弟だな」
「うるせえ! 我が強えお前には言われたくねえよ」
「あー、言われてみたら、深山さんと南さん、雰囲気似てるかも」

 ってな風に、いい感じで打ち解けあったところに、また他所の不良が絡んできそうになったから、眼で追い返した。せっかく姉貴の話が聞けそうだってときに、邪魔されるわけにはいかねえ。

「具体的にどんな人間関係のトラブルがあったのか聞かせてほしい」

 深山の言葉に、佐藤さんは目を逸らして、頷いた。

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