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「名探偵を夢見て」第7話

「君たちは本当にバカだね」

 旧工場跡地からの帰り道。深山が俺と翔太に悪態づいた。
日は既に暮れていて、大きな三日月が夜空に浮かんでいた。すっかり遅くなってしまったが、これで良かったのかもしれない。

 ダクトの中を這いずり回った深山は、これで人前に出ていいのかと躊躇うほどに汚れ切っていた。泥、ゴミ、何かの死体のかけらを身にまとい、頭の上には蜘蛛の巣を乗っけてる。男女差別は良くねえが、これは間違いなく女がする格好じゃない。

 最後の勝負には俺たちが勝った。今回の一件で西校と東高は協力関係を築いた。深山は不思議がっていたが、男と男が拳で語り合ったんだ。もう仲間になるしかねえだろ。不良の常識だ。

 みんな解散して、今俺は翔太と深山と三人で夜の歩道を歩いてる。両校の不良グループは深山のことを俺のカノジョだと勘違いしてやがったので、しっかりと訂正しておいた。俺の好みはグラマラスな大人の美女だ。その正反対であろう深山に、そういった興味はない。

「なるほど、咲希さんは名探偵になるために海斗から喧嘩を習いたかったんだね」
「そのとおりだ。だが、実際に海斗の戦いをこの目で見て、わかった。私には海斗の戦い方はできない」
「そうだね。あれは海斗のバカ力があって初めて可能なものなんだよ」

 まあ、俺は最初からそう言ってたんだけどな。
深山と翔太に呆れ顔を向けてみたが、なぜか見事にスルーされた。

「対して、翔太は技巧派だな。見事な戦闘テクニックだった。技術であれば私も努力次第で習得できそうに思うのだが、どうだろうか?」
「うーん、無理ではないだろうけど、時間はかかると思うよ? 俺もかなり練習重ねてきたからね」
「完璧に同じ精度にまで達する必要はない。ひとつかふたつ、犯人を制圧できる技があればいい」
「まあ、助けてもらったわけだし、教えるのは構わないよ」

 完全に俺抜きで話が進んでる。これが蚊帳の外というやつか。内心でため息をつく。

「タダで教えてもらうわけにはいかない。ギブ・アンド・テイクは探偵以前に人間としての基本だ」
「え? いや、だから助けてもらったし……」
「あれは突発的な出来事であり、私が進んで協力しただけだ。依頼ではない」
「結果的には同じこと……であっても、咲希さんの中ではイコールではないんだね、きっと」
「そういうことだ」
「つまり、俺から咲希さんに探偵としての依頼をする。その見返りに俺は咲希さんに技を教える」
「うん。翔太は飲み込みが早いな」

 やれやれ。面倒なことになってんな。ってか、俺も今、深山に借りがある状態だよな……。

「どうしようかな。俺は特に依頼しなくてはいけないようなことが今は特にないんだけど……あ!」
「どうした? 遠慮せずに、何でも言ってくれ」
 深山の言葉を受けて、翔太は器用に片頬を上げた。
「俺の相棒が今悩みを抱えてるんだ。俺の代わりに解決しやってほしい」
「友人思いだな。いいだろう。翔太からの依頼として承る」
 翔太はこくりと頷き、俺に意味ありげな視線を投げた。

「俺の親友、南海斗にはとっても大事に思っているお姉さんがいるんだ。咲希さんにちょっと似た感じのね」
「ほう」
「おい、翔太! てめえ!!」
「お姉さん……志帆さんは最近元気がないんだ。でも、その理由は誰にもわからない」
「ふむ。それは心配だな」
「そうだろう? 海斗も志帆さんのことが気がかりでしょうがないんだ。ただでさえブラブラと過ごしてるっていうのに、最近は心ここに在らずって状態が続いてるんだよ」
「お前、喋り過ぎだろ!!」

 翔太のやつ、俺も敵地までこいつを助けに行った勇敢なひとりだってこと忘れてねえか??
俺の不満を他所に、深山は同情の眼差しを向けてきた。

「そうか。君も大変だったんだな。任せろ。私がお姉さんの謎を解いてみせる!」
「ええ……」
「頼んだよ、咲希さん!」
「うむ。早速明日から調査を始めるとしよう。ふたりとも今日はよく休むといい」
「深山、待てよ。俺は……」
「なんだ水臭いな。私のことは咲希と呼んでくれたまえ。私は君を海斗と呼ぶ」
「……わかったよ」
 何を言っても通じそうにない。俺は早々に諦めることにした。それに、姉貴のことが気にならないかって言ったら、まあ一応そんなことはないしな。

「それにしても、海斗……」
 深山が妙に思い詰めたような表情で空を見上げた。月光に照らされた彼女の横顔は、相変わらず泥に塗れていた。

「まさか君までシスコンだったとはね……。私の観察眼もまだまだだな」

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