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「名探偵を夢見て」第9話

「私も過剰反応してしまい、申し訳なかった」
 深山がそう言って頭を下げたのは、あれから十五分後のことだった。俺は深山が買ってくれたSサイズのスプライトを飲んでいた。

「いや、いいんだ。それより、そのSDNってのがお前の切り札なのか?」
「左様だ。SDNは様々な能力を有した名探偵たちが互いを助け合っていくためのコミュニティなんだよ。ひとりが事件に詰まれば、それぞれが知恵を持ち寄って解決に導いていく。そのようにして得たノウハウを共有し、全員の成長に繋げていく場なんだ」

 なんかすげえな。俺には想像もできない世界だぜ。

「あのときもSDNの奴らが手貸してくれたってことだよな」
「神谷の妹が読モをしていることはすぐにわかった。だから、その筋に詳しいSDNメンバーに相談して、彼女の裏垢を見つけもらったのさ」
「とんでもねえな、SDN……」

「まあ、いくらSDNといえど、あそこまで仕事が速いのは非常に稀だ。私たちは運にも恵まれてたんだ」

 なるほどな。って言っても、俺からしたら速いとか遅い以前に、そんなもん調べられること自体がすげえよ。

「話を戻すが、志帆さんがSNSをやっていない以上、友人や同僚から彼女の情報を探っていこう」
「姉貴の友人……いねえかもしれねえ」
「なんだと!?」
「いや、俺ぐれえの歳のときには何人かいたみてえなんだよけどよ。大学に入ったときくらいから、ずっとひとりでいたんだよな。いま友達がいてもわかんねえわ」

 店にはまた新しい集団が入ってきて、背景をガヤガヤと賑わせてる。姉貴は多分、こういうことにもひとりで来てたはずだ。俺も別にダチは多いほうじゃない。こういうとこは似たもの姉弟なのかもな。

「そうなると、有力な情報源となり得るのは彼女の同僚だな。または、ご本人の留守中に部屋に侵入して有益な情報を物色する手もあるが……君はそれには反対するだろう?」
「当たり前だ!! 姉貴の部屋を漁るなんてダメに決まってんだろ……ってか、普通に犯罪じゃねえかよ!」
「真面目な不良だな、君は。そして、愛すべく従順な弟だ」
「うるせえ!」

 今度は俺がテーブルを叩きつけた。ビビった客たちが一目散に逃げていった。俺たちは店から追い出された。

・・・

 真夏の歩道をふたりで歩いた。蝉の鳴き声がやかましく鳴り響き、所々に違法駐輪された自転車のホイールが眩しく輝く。時々通りすがりの不良たちに絡まれたが、まともに相手してる暇はないから、適当に片づけた。深山が手を貸してくれそうになったが、指を折られたり目を潰されたりしたら堪ったもんじゃないので、慎み深く固辞しといた。

「なかなか話が進まねえな……」
「君は町の不良から人気がありすぎる」
「まったくな……。んで、姉貴の同僚だけどよ、俺は何も聞いたことねえから情報ねえぞ」
「志帆さんの勤め先の情報を教えてくれ」
「いや、勤め先って言われても……あっ」

 そういえば、姉貴から名刺をもらってはずだ。財布の奥にしまっておいた名刺を取り出して、深山に渡す。

「さすがだな。折り目ひとつなく、大事に保管されている」
「余計なことはいいから、さっさと会社情報を確認しろよ」
「彩風商事か。ここからだと少し遠そうだ。部署は……総務みたいだな」

 総務が何するとこなのかはよくわかんねえけど、姉貴のことだから内勤だろうなと察しを付けた。深山はスマホを取り出すと、SNSアプリで検索を始めた。

・・・

 二十分後。深山が「見つけたぞ」と報告してくれるまでに、俺はいくつかの戦闘を繰り広げ、合計二十三人の不良を倒していた。流石に少しのどが渇いた。またスプライトが飲みたい。

 深山が見せてくれた画面には、女性数人が仲良さげに笑顔でポーズを作ってる写真が映されてた。背景はどこかのレジャーランドみたいだが、俺にはそれがどこなのかわからなかった。

「この人たちが姉貴の同僚なのか?」
「コーポレートサイトの社員紹介ページに総務部の面々の写真があったんだ。氏名は載っていなかったが、似た顔の人物が写っている画像を探すことで、本人たちのSNSアカウントに行き着いた。ほぼ間違えないだろう」

 おいおい、マジかよ。めちゃくちゃだな、こいつ。

「これもSDNの力なのか?」
「ん? 何を言ってるんだ。これくらい、自分でできるさ。何でもかんでもSDNに頼るのは、自らの研鑽の放棄するに等しい。できることは自分の力でやることが肝要だ」
 深山、おそるべし……。

「彼女たちの顔をしっかり覚えて、明日の退勤時間に待ち伏せしよう」
「お! なんか探偵っぽいな! よし、それでいこうぜ」
「決まりだな。おっと、もうこんな時間か。私はこれから翔太のところに行って、戦い方を学んでくる。技はすぐに使いこなせるようにならないから、まずは基礎からだそうだ。楽しみだよ」
「わかった。翔太のやつは教えるの上手えから安心して頑張ってこいよ」
「ふっ、私が喧嘩の達人となった暁には、君を不良から守ってあげよう」

 そう言って、深山はにやにやと微笑んだ。喧嘩の達人になれるかはわからないが、こいつはいつか本当に一人前の名探偵になるんだろうなと、 なんとなくそう思った。

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