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「名探偵を夢見て」第21話

 うーんと山田は唸った。

「簡単に言うけどよ、神谷は一応俺たちのトップだ。それなりの理由がねえとここま呼びつけるのは難しいぞ」

「なら、俺から会いに行くまでだ。頼む。神谷と話ができるよう取り持ってくれ」
「私からも頼む。翔太は喧嘩の師匠だ。私は不出来な弟子だが、恩義は返したい」
 深山も真摯な表情で、山田の目をじっと見つめた。なぜか山田は顔を赤らめて、そっぽ向いた。

「……お前、深山って言ったか?」
「深山咲希だ。名乗りが遅れてすまない」
「それは別にいいんだ。お前には助けてもらった借りがある。神谷に繋ぐことでその恩を返すのがスジってもんだよな。おう、そうだ。そうに違いねえ」

 山田は自分に言い聞かせるように何度か頷き、神谷に連絡を取ってくれた。一時間後に神谷の家の近くのコンビニ前で待ち合わせることになった。

 一連のやり取りを聞いていた高野さんが、「お前ら、そんなボロボロなのに大丈夫なのか?」と呆れた顔をした。確かに動くのはしんどいが、殴り込みに行くわけじゃねえ。なんとかなるだろう。たぶん。

「そうだな。南は図体でけえから無理だが……さ、咲希さんは、もし良かったら、お、俺の愛車——
『ファントム・ブラックスター』の後ろに……乗ってくかい!?」

「せっかくの申し出を無下にして申し訳ないが、私は海斗と一緒に歩くよ。肩を貸す者が必要だろうからな」
「な、なんだって!!」

 山田は鼓膜に響くような大声を上げ、俺を睨みつけた。

「おい、南! テメエ、そのバカでかい身体を可憐な女子に預けねえと歩けねえってのか!? この甘ったれが! それなら俺が肩貸してやる。さっさと行くぞ!」
「え? 嫌なんだけど……」

 俺の言うことになど聞く耳持たず、山田は高野さんに礼を伝えて、強引に俺を連れ出した。野郎ふたりで肩を組みながら街を歩くことは、拷問に等しかった。暑っ苦しいし、くせえし、同じ気持ちであろう山田の苛立ちも伝わってくるし、ろくでもねえ。

「山田。海斗は重たいだろう。いつでも代わるから、疲れたら遠慮なく言ってくれ」
 深山はそう言ったが、こいつも身体を傷めてる。ただでさえ、小さくて頼りないんだ。負担かけるわけにはいかねえ。

「ってか、後でちゃんと結果報告するから、お前は帰っててもいいんだぞ? 今日はその……大変だったしさ」
「そうですよ、咲希さん! もう暗いし、俺送ってきますよ!」

「ありがとう。心遣いはありがたいが、さっきも言ったように、私は翔太の役に立ちたいと思っているんだ。私も、神谷から事情を聞きたい」

「……わかった。無理はするなよ」
「心得た」

 納得して前を向く。正直、深山が来てくれるのは助かる。俺だけだったら、また神谷と殴り合いになっちまうかもしれねえからな。姉貴のことは今のところ打つ手なしだが、今はできるところからやっていこう。深山と一緒なら、きっとできる。そう思った。

 ふと、隣の山田がぼそっと呟くのが聞こえた。

「どうやら俺のライバルは海斗じゃなくて翔太みてえだな。神谷があいつを付け狙う理由、俺も気になってきたぜ」

 な、なんだ、こいつ? 深山に惚れてんのか? なんで? いつどこで、そんなきっかけがあった? アホの気持ちはわからねえもんだぜ……。

・・・

 高いマンションが並ぶエリアを抜けて、でかい戸建てが連なる住宅街に入った。神谷のやつ、かなりボンボンなんじゃねえか? 金持ちの家に生まれても捻くれたりするもんなんだな。いや、そりゃそうか。金の多寡で良心とか道徳心が変わるってんなら、金持ってる奴らは悪いことしねえってことになる。だが、悪いことしねえやつが金持ってるわけがねえ。そうだろ?

 しばらく歩くと、狭いコンビニの前に着いた。

「ここが待ち合わせ場所だ」
 山田は俺を入口近くの壁に下ろした。ちょっとトイレ行ってくるわと言って、そそくさとコンビニの中に消えていった。

「待ち合わせ時間まであと五分だな。体調はどうだ?」
「熱が出てきたが、まあ問題はねえ。それよりお前、気をつけろよ?」
「何のことだ?」
「気づいてねえのか? 山田のやつ……」
 俺は山田のマネをして、ちょっと溜めを入れてから続けた。

「お前に惚れてるぞ」

 深山はきょとんと目を丸くした。

「そうなのか。そんな素振りがなかったが……」
「いや、あっただろ! そういうのに鈍いとこまで探偵ものの主人公なのか、お前は!!」
「そんなムキにならないでくれ。君は妬いてくれているのか?」
「んなわけねえだろ! もういいわ。俺、関係ねえし。勝手にしろ」

 舌打ちして、夜空を見上げる。今晩は星がよく見える天候のはずだが、そびえ立つタワマンが視界を阻んでやがる。代わりに、航空障害灯の赤い光が瞬いてる。これはこれで風情ある眺めなのかもしれねえ。生ぬるい夜風が、夏草の匂いを運んできた。俺はこういう夏の香りが好きだ。

 山田がトイレから戻るのと同時に、ぶっきらぼうな私服の神谷がコンビニに到着した。理由も説明されずに急に呼び出されたからか、神谷は見るからに不機嫌だった。

「山田……どういうことだ? なんで南とその彼女がここにいる?」
「やりあったんだよ。その後で北高の奴らに襲われたが、撃退した。あと、大事なことだから言っておくが、この人——咲希さんは、南の彼女じゃねえ」
「うん? まあいいが……それで、俺に何の用だ?」

 用件を伝えようとする山田を、深山が手で制した。

「私から尋ねよう。君が翔太を狙う理由を教えてほしいんだ」
「……山田。テメエ、なにベラベラ喋ってやがんだ!」
「俺たちが無理やり吐かせたんだよ。山田がお前を裏切ったわけじゃねえ」
 一応、山田を庇ってみる。だが、神谷はふんと嫌味や笑みを浮かべた。

「舐めてんじゃねえぞ、南。山田はお前らに屈して喋るようなやつじゃねえ。こいつなりに理由があってのことだったんだろう。わかったよ。話してやる」
「神谷……」

 神谷と山田の間に、友情や信頼を感じさせる何かが漂った。そうか。山田もきっと、神谷のことを心配してたんだな。神谷が何を抱えてるのか知りたくて、俺たちを利用したんだ。一杯食わされたぜ。

 だが、こういうのも悪くねえ。俺はダチを気にかけるやつが好きだからな。みんな幸せになれんなら、それが一番に決まってる。

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