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「名探偵を夢見て」第17話

「これは俺の予想に過ぎねえが、これ以上の聞き込みは無駄になる可能性が高いぞ。そう思う理由はふたつある」
「は? どういう理由だよ?」

「まずな、客商売ってのは信頼で成り立ってんだ。警察みてえな行政機関に詰め寄られたらともかくよ、顔覚えるくれえ店に来てくれる常連客のことをそうベラベラ他人に喋ったりしねえんだよ」

「なんでだよ? そりゃ不親切ってやつじゃねえか?」
「お前だってよ、見知らぬ輩に仲間の不良のこと聞かれたって、無条件に何でも教えてやろうとはならねえだろ?」
「まあ、そりゃそうだな。勝手に喋って迷惑かけんのは良くねえ」
「それと似たようなもんだ。店にとってお客さんは仲間なんだよ」

 そういうもんなのか? わかんねえけど、なんかしっくりくる。少なくとも、今俺の目の前にいるおっさんは、本気でそう思ってるんだ。そう思ってくれる店長がやってる店ってのはいい店なんだろうなって思う。仲間というのは実にいい響きだな。

「店長の言うことはもっともだ。探偵には守秘義務がある。契約を交わさずとも、店と客の間にもそういうものがあるということだな」

「そういうことだ。それにな……えーと、お前らは一匹狼が二匹連れ立ってる状態みてえなから忠告も兼ねてなんだけどよ、敬語だ。お前らはまず敬語を覚えろ。そんで、初めて会ったやつ、特に年上には敬語を使え。敬え。情報を聞けるようになるのはそれからだ」

「お、おう。わかった。善処する」
「そんな政治家みてえな返事があるか。海斗はともかくとしても、嬢ちゃんは今後探偵を目指すなら必須つーか、常識だぞ、これ」
「心しておこう。ご鞭撻に感謝する」
「なんか違うんだけど……まあいいか、もう」

 もうひとつの理由だけどな、と店長が続ける。

「お前らが推理したとおり、北川さんはこの辺じゃちょっとした有名人だ。あの人はよく喋るし、飲み会のときでも店の迷惑にならないよう配慮してくれるし、儲けさせてくれるからな。飲食店以外でも人気ある人だったよ」

 店長は遠くを見る目でビルの隙間から空を見上げた。

「……だが、俺が知る限り、あの人は自分の情報をほとんど他人に晒さねえ。だから、この辺の店のやつらに聞いても、あの人の行方を知ることはできねえと思うんだ」

「そうか。そりゃ残念だな……。ん? ってか、あんた俺たちにそんなこと話しちまっていいのかよ? 他人に客のことベラベラ喋んねえんだろ?」
「へっ、もう俺とお前は他人じゃねえだろ。拳で語り合った中じゃゃねえか」
「おっさん……!!」

「二十歳になったら今度は客として来いよ。美味い酒、出してやるからよ。呑み交わそうぜ」
「おう! そんときは親友の翔太も連れてくるぜ」

「親友か! いいじゃねえか! ダチってのはいいもんだ。俺も高校をドロップアウトした……つーか、退学になったクチだけどよ、そのときからダチとも疎遠になっちまって、しばらくひとりで過ごしたもんだよ。当時はどうってことねえと思ってた。だが、今振り返るとさ、やっぱ寂しかったんだよな。だからまあ、ダチは大事にしろよ!」

 店長……。なんていいおっさんなんだ。俺もこういう大人になりたいもんだぜ。

「……おっさん、大変だったんだな」

「へっ、そんな顔すんなよ。大したことねえさ。まあ、ダチはいなくなったがよ、しょうもない後輩からはひっきりなしに声がかかるんだ。俺、結構でけえ問題起こして退学になったからさ、母校じゃ今でもそれが語り継がれてんだよ。それで後輩たちから誰々をシメてくれって頼みごとをよくされるってわけだ」

 店長はまだため息をつく。

「あいつら、情けねえんだよ。人に頼らなきゃいけねえような喧嘩はするなって話だろ? そのくせ、漁夫の利を狙うようなことはよくするしな。基本、セコいんだよ」
「そうは言っても、手を貸すことはあるんだろ?」
「まあな。どう考えても相手が悪いときは助けてやることにしてるよ。それでも都合よく使われてる気がして癪だけどな」

「頼られるのは悪いことじゃねえよ」
「海斗も西校の不良たちに頼られているしな」と、深山が口を挟んできた。
 目で「そろそろ行こう」と訴えてくる。よく見りゃ眠そうな顔してやがる。こいつには縁遠い世界の話だし、聞いてて飽きてきたんだろうな。

「引き留めて悪かったな。嬢ちゃんは何か捜査の切り札があるみてえだが、このまま聞き込みを続けるよりさっさとそれを使うことをおすすめするぜ」
「……わかった。留意しよう」

 そう言った深山の顔には、躊躇いの色が浮かんでいた。

・・・

 居酒屋を出ると、夕焼けが街を紅く染めていた。殴り合った後の夕日はいい。何かをやり遂げた気分になる。

 そう思ってたんだけど、深山からは「そんな腫れた顔で聞き込みなんてできるわけないだろう」と言われた。そして、患部を冷やして休養を取り、聞き込みは明日再開しようと続けた。

「なんだ? 店長があんな言ってくれたのに、まだ聞き込みする気なのか?」
「私のわがままですまないが……SDNに頼る前に、もう一日だけ自力で頑張らせてほしいんだ」

「……わかった。お前ができるだけ自分の力でやっていきてえのは知ってるよ。それに店長から情報を聞けたのも、聞き込みしたおかげだしな。明日もやってみようぜ」
「ありがとう、海斗」

 こうして、俺たちは解散した。

 帰宅後、店長にぶん殴られたところに氷嚢をあてて安静にしてたが、結局腫れは引かなかった。

・・・

 翌日、俺たちは昼から夜が更けるまで聞き込みを続けた。腫れ上がった顔はマスクして誤魔化した。飲食店、100均、コンビニ、喫煙所……回れるところは全部回ったはずだ。

 協力的な人もいれば、うさんくさそうに俺たちを見る奴らもいた。頼めば頼むほど、嫌そうな目つきや露骨な溜め息で鬱陶しがられる。それでもめげずに聞き込みした。しまくった。

 だが、店長のおっさんが言ったとおりだった。どんだけ頑張っても、この辺じゃ有名なはずなのに、北川さんの話を聞くことはできなかった。

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