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「名探偵を夢見て」第18話
次の日、俺たちはまたファミレスで待ち合わせた。会って早々、深山は俺に頭を下げた。
「昨日は無駄足を踏ませてしまい、すまなかった」
「そんなことは気にすんな。こういうのはやってみねえと結果もわかんねえもんだろ。何も無駄にはなってねえさ」
「ありがとう。今朝、SDNに依頼を出した。しばらくすれば動きがあるはずだ」
深山は烏龍茶を片手にスマホを眺めた。その表情から、まだ進展が見られないことが窺えた。喉が渇いていたので、グラスいっぱいに入れたスプライトを一気に飲み干した。
「そういや、依頼ってどうやってしてるんだ? つーか、どういう仕組みになってんだ?」
「SDNはオンライン上のコミュニティのようなものだ。基本的には、スマホアプリを介して操作を行うんだ。いわゆる野良アプリというもので、ストアには登録されていない。なお、SDNによって承認された端末でのみ、アクセスできるようになっている」
へえ。セキュリティはばっちりって感じだな。
「随分手が込んでるんだな」
「どうも創設者の趣味のようなんだ。元々こういったことをするのが好きな方だったらしい」
ふーん、世の中には面倒なことが好きな奴がいるもんだ。俺にはよくわかんねえな。
「で? そのアプリでどうすんだ? 前に見せてもらったときはチャットみてえな画面だったが……」
「特定のメンバーと連絡を取る際にはチャット機能を使うこともあるが、SDN全体に相談するときは依頼用の掲示板にスレッドを立てるんだ。各メンバーはDP(ディテクティブ・ポイント)というものを保有する。これはSDN内の通貨のようなものだ。自分の依頼に協力してくれたメンバーには、報酬としてDPを支払う。ランク付けのような制度はないが、DPを多く持つ探偵ほど実力が高いということになるから、全員協力的だし、可能な限り自分の事件は自分の努力で解決しようとするんだよ」
「……なんかすげえゲームっぽい感じだな」
「創設者がそういう方だったんだ。実際はより奥深いシステムなのだが……やや複雑なので説明は割愛する」
「おう、俺も細かいことまで聞こうと思ったわけじゃねえよ。ってか、そうか。なるほどな。お前ができるだけ自分で頑張りてえって言ってたのも納得だ」
深山は「違う、違う」というように首を振った。
「そうじゃないんだ、海斗。もちろん私もDP獲得には関心がある。だが、速やかな事件解決はそれよりも優先されるべきだと思っている」
「じゃあ、なんで?」
「……私が名探偵を目指し始めたときのことだ。一度だけ、創設者からチャットをもらったことがあるんだ」
「ほう」
「創設者はもう探偵を引退している。SDNの運営管理は趣味で続けているようなんだ。だから、通常は創設者と話すことはまずできない。とても貴重な出来事だったんだ」
「なるほど。しかし、その創設者ってのはどうして深山に連絡してきたんだ?」
「多分、当時10歳だった私を気にかけてくれたんだと思う。私は歴代最年少メンバーだからな」
10歳!? こいつ、マジでガキの頃からこんなことしてたのか。どうりで色々と変なわけだ。
「私はそのとき、熱い激励の言葉と共に、一度だけ使うことができる創設者直通ラインのアクセス権限をいただいた。胸が震えたよ。私は優秀な探偵だった創設者に憧れて、名探偵になることを夢見たんだ」
深山は目を輝かせながら、言葉を紡ぐ。
「謂わば、心の師匠なんだよ。一度とはいえ、その人と繋がることができる手段を得た。嬉しかった。私は逆に、簡単に人を頼らずに、自分の手で事件を解決できる名探偵になろうと心に決めた」
「そうか……。俺のために2回もSDNに依頼させっちまって、申し訳ねえ」
俺が謝ると、深山は笑顔でまた首を振った。
「いいんだ。旧工場跡地のときは緊急事態だったし、今回は私の力不足だ。自分でやることにこだわって問題を解決できないようでは、それこそ名探偵失格だ」
その言葉とは裏腹に、深山の眼にわずかな悔しさが滲んでいるのが見えた。人探しは殴り合いと違って、もろに探偵の領分だ。本当は自分の力で解決したかったんだろうな。
この借りはいつか返すぜ。そう、心のなかで語りかけた。
・・・
SDNの動きを待ち、三時間が経った。スマホを見る深山の顔が曇った。
「どういうことだ? なぜこんなことに……」
深山の声と視線が、これでもかってくらいに、あいつの戸惑いを表していた。
「何があったんだ?」
「SDNメンバーからの返信をすべて確認したんだが……北川氏の情報はわからない、または明かせないという内容ばかりだった」
「明かせねえだって? わからねえのはしょうがねえが、明かせないって何だよ?」
「わからない。今までにこんなことはなかった。明かせない理由についても話すことができないそうだ」
「マジかよ……」
最後の頼みの綱が断たれた。おまけにその原因も不明ときてる。
「万事休す……ってやつか」
「すまない、海斗」
「いや、お前のせいじゃねえよ。謝らないでくれ」
「しかし……」
まいった。完全に俺より深山の方が落ち込んじまってるじゃねえか。重たい沈黙がテーブルを覆い、いたたまれない空気が場を支配した。
「ここでこうしててもしょうがねえ。ちょっと外の空気でも吸いに行こうぜ。外歩いてりゃ、何か手がかり見つかるかもしれねえしな」
そう言って、深山を連れ出した。エアコンが効いたファミレスから出ると、汗が吹き出してきた。日陰を選んで、歩き続けた。
「また会ったな、南!!」
あてもなく街をさまよう俺たちに声をかけてきたのは、東高の山田とその取り巻きだった。
山田……。先日カフェで会ったときは見逃してもらったが、今日はそうはいかねえ。何より、俺も暴れたい気分だった。
「今日こそケリつけようぜ!」
「望むところだ。……深山、先に帰っていてくれ。俺はこいつと決着をつける」
「海斗……」
俺はマスクを外し、勝つための戦いの構えを取った。