CloRtの人生経歴
1993年6月16日 生まれ
三十路手前なことに書いてて気づき、絶望しかける。
●親から聞いた僕が生まれたときの話
・生まれてすぐなんか入院していたっぽい
・言葉を話し始めたのが3歳、歩き始めたのは0歳
ハイハイしてる記憶がほぼないとか言われた
●幼稚園児~小学生低学年
幼稚園のときからいじめられっ子
なんなら年下からもいじめられていた
(覚えてる限りでは蟻食わされたり、ハブられたり)
あと泣き虫だった。よく泣いたからか今全然泣かなくなったかも。
小学生低学年まではこんな感じが続いてたけど、親父にいきなり修行という名の筋トレを命じられ、そのおかげかいじめから反抗できるようになり、いじめがなくなった。(解決方法として良いか悪いかはわからんけど)
●小学生高学年~中学生
筋トレのおかげか身長体重が爆増 +20cmぐらい
格闘技とかに興味を持つも、教わるのが無意識に苦手なのか嫌なのかわからないけど、独学で学んでた。
中学生になったとき、よく喧嘩してた。
いま思えば若気の至りとはいえ、頭は馬鹿だったんやなって思う。
そのせいで高校時代にそのツケが回ってきてしまう。
自慢できることは中学1年で両手ともに握力70kgあった。
(今75kgぐらい)
●高校生
頭は生まれてから悪いので、電車通学1時間の底辺高校へ通う。
1年目はみんな血気盛ん(僕含め)。
不良漫画みたいなことはないけど、イメージ的にはみんな短気。
そして僕は顔と名前を一致して覚えることが苦手なので、7割方
(誰だっけ・・・?)ってことが多かった。仕方ないね!
一番困るのが、中学は小さい学校だったから喧嘩とかしてた僕が目立ってて
高校になって、見た目が変わった中学の学年上に話しかけられても
(誰だっけ・・・?)ってなることが多かった。僕は顔に出るので
それでイラッとされてたのが多かった。他人の空似で押し通すけども。
2年はわざと遅刻したり、サボったりしてたし
3年になってからはバイトに集中してた記憶しかない。
バイト経歴
・牧場
牛の世話してた。
牧草分けてると鼻水が濃い緑色になるし、牧場臭くなる。
・デパートAの鮮魚
最初の頃は生ごみの臭いで吐き気してたけど、慣れたら大丈夫になった。
隣の精肉のバイトが無断欠勤多くてヘルプによく行ってた。
主任がイライラしてると商品を投げつけたり、踏んづけたりするのやべぇなって思った。
というか、周りのバイト無断欠勤多すぎて1回の食品コーナー全部のヘルプしてる気がするし、副店長の仕事も手伝ってたし、なんだあのデパートは。
・デパートBの惣菜
ヤクザみたいな店長に直接履歴書を渡して短期バイトで入るも
バイトが無断欠勤で辞めちゃったから長期に変更。
夏休み全部バイトしてた。
就職かなって思うレベルで朝から晩まで働いてた。
パートのおばちゃんが時折パチンコ行くからって理由で休むのが面白かった。(小並感)
専門学校
京都で1人暮らしを始める。
ここで僕が唯一「先輩」と呼んでいる人と出会う。
ホモ疑惑や同棲疑惑が出てもおかしくないぐらい一緒に行動してご飯食べさせてくれた。今でも交流ある。
結局4年過程を3年でやめちゃったけど。
でも価値観変わったし(良いか悪いかは置いといて)、いい友人もできたし
一番人生で楽しかった時期。
ちなみに学んで気づいたことは僕は「プログラムアレルギー」かもしれない。(プログラムコード見ると頭痛くなるから)知らんけど。
社会人~今
奨学金返済や田舎だから車を買ったとかで、新社会人になったときには
借金1000万ぐらい抱えてのスタートだった。
動物の森よりHARDモードな借金返済人生ゲームが始まりました。
先に伝えると返済まったくできてません。
出来てたら自己啓発本書けました(小並感)。
最初の就職先は高額給与に引かれて工場勤務。
でも当時大人しくしていた当時の僕にパワハラ三昧だった職場に耐え切れず1年半で辞める。ストレス性アトピーになり、ここから数年痒みで悩まされる。
次の就職先は介護。
楽ではあったけど、ストレスでしかなかった。
アトピーが加速する。でも理解してくれる上司がいたことが救いだったけど、ストレスが限界して辞める。ちょうど2年ぐらい。
次も従弟の紹介で介護。
人間関係がくそだるい上に、慣れに1年かかった。
でも介護にストレス、職員にストレスで限界突破しかけたからやめました。
2年半ぐらい
今、どんなに死にかけても自力でなんとかする感じで生きようと思い、個人事業を始める。でも仕事を急にやめることになったから、計画してた形で始めることが出来ずに無計画スタートみたいな感じで始める。
そして仕事やめた瞬間にじいちゃんが車乗れなくなって、介護することになると前途多難だけど、どんなに苦しくても「僕の自由」にしたいと思う。
ちなみに僕は借金地獄の底辺生活中。
だけど、めげなければ、人生何か辛いことはあっても生きてはいけることを証明したいと思う。
今の僕にはそれがみんなに見せる「僕のエンターテイナー」かなって思う。