かりもので、かりそめ

 俗にいう「パクツイ」というのをしたのは、無名時代の僕だ。
 最初は軽い気持ちで、1000RT以上されたツイートを集めたbotから、適当によさげで、女の子に受けそうなものをコピーして、僕は自分のアカウントでツイートした。
 そしたら、すごい勢いで「いいね」されてRTされるんだ。
 まぁ普段の自分のツイートに比べて、なんだけど。でも50RTされるとかそれまでの僕にはありえなかったことだし、うれしかった。

 だから僕は、パクツイをしてフォロワーを増やすことにした。だって、ちょっといいことやエピソード、素敵な写真を貼り付けるだけでみんなが「いいね」をつけて「わかる~」って褒めてくれる。そしてフォロワーが増える。楽なことをしてるだけで、ちやほやされるんだ。最高じゃないか。

 僕はそのころ、無名のアーティスト志望者にすぎなかった。
 小さなハコで少数のお客さん相手に歌をうたい、ライブをしていた。でもTwitterのフォロワーが増えるにつれ、お客さんは増えていく。マジで? と思うでしょ。だけどTwitterで適当に借り物の「いいことば」を吐き続けていると、フォロワーには僕がすごくよい男の子に思えるらしいのだ。

 僕はよさげなツイート、画像を探しては自分のタイムラインに載せていった。たまに匿名アカウントみたいなやつから「それはパクツイでしょ」みたいな横やりが入ったけど、気にしなかった。だって僕にはたくさん増えたフォロワーがいる。そんな中では、小さなノイズにすぎない雑魚は無視していいんだ。
 フォロワーは順調に増えていった。僕はライブの告知をし、パクツイでフォロワーが増加し、お客さんは増える。順調だ。順風満帆だ。僕は幾度も「ひとのつぶやいた耳障りのよいことば」「涙を誘うようないい話」をツイートし続けた。

 決定的にバズったのは「双子で生まれた赤ちゃん」の写真だ。海外で「rescuing hug」として話題になっていた画像。マイナーなドキュメンタリー映画の、公式ツイッターがひっそりとつぶやいていたものだ。保育器に入れられた双子の赤ちゃんの写真と説明ツイートを見たときに「これだ」と思った。みんな赤ちゃんが好きだし、美談が好きだ。
僕はそのままコピペした。

 ──双子の赤ちゃん。片方は身体が弱く、死が迫っていた。看護師さんが通例を破って、同じ保育器にふたりを入れた。すると、右側の男の子がこの写真みたいにハグしたんだって。

 生まれたばかりっぽいほわほわの双子の赤ちゃんの写真を載せ、ツイートした。たちまちRTされた。フォロワーは爆増した。ちなみに元の映画の公式アカウントは300くらいしかRTされなくて、僕のツイは17,000RTされた。さすが僕。
 有名な産婦人科医アカが「ナイナイヾ(゚ε゚ ) 」とか引用RTしてきたけど、関係ない。無視だ無視。お前なんかが何を言おうと、顔がよくて歌がうまくて、あとはブレイクするだけの僕には関係ないんだ。
 女の子たちは「素敵な写真や素敵なことばを持つ」僕をほめてくれるし、男たちは「チャラいだけじゃない」と僕に一目置いてくれる。
 そして僕のフォロワーは順調は増えていった。耳触りがよくて真実っぽいパクツイにまじえて、僕は自分のライブやアーティスト活動を告知し、順当に成功めざして進んでいく。

 チャンスは訪れた。僕をフォローした中に、有名な事務所のボーカルオーディションを受けた男の子がいた。彼はそのオーディションの準チャンピオンで、メディアからの注目もあった。そして僕と年齢も変わらなかった。
 彼はTwitterのDMで「一度一緒にお茶でもしない?」と連絡してきたとき、僕は思ったものだ。来たぞ。彼は顔がよく、頭もよく、人脈も持っていた。まぁ僕ほどフォロワーはいなかったけど。
「今度ね、ボーカルユニットを作るんだ。だから今、イケてる人を探してて」
 話はすごく早くて、彼はあっという間に見た目がよく、歌がうまくて、ア―ティストもしくはアイドルとしてふるまえる器量のある男の子たちを集めてきた。そしてレコード会社との契約も進めた。

 なんだか不思議だなあ、と僕は思う。だって、とんとん拍子にここまで来たから。ちょろくない? 僕は都内のタワーマンションの一室で、ソファにうずもれながらスマホをいじる。今はもう、SNSに載せるのはライブツアーや関連グッズの告知ばかりだ。もう、どこかから耳触りのいい、綺麗な言葉をパクってくる必要はない。
 LINEの通知が一瞬よぎった。リーダーからのものだ。
『歌詞できた?』
 僕は得意げな笑みを浮かべて返事をするんだ。
『できてるよ、サイコーのやつが』

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