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夏休みの工作が笑われたこと

スーパーに出向くと普段より子どもが多く目につく。
どうやら夏休みが始まったようだ。
夏休みといえば、とにかく宿題に悩まされる。

小学校1年生、初めての夏休みのことを思い出した。
1年生で出た宿題は、漢字ドリルや算数ドリルの他に、日記3枚と工作だった。
ドリルなどの宿題は早めに終わり、残るは工作のみとなった。
工作だけなら最後の3日あれば終わるだろう、と夏休み半ばは楽しく遊んで過ごした。
おばあちゃんの家に泊まって従姉妹と過ごしたり、近所の友達と子ども会のイベントでハイキングに出かけたりした。

そしていよいよ夏休みも残り3日となり、真剣に工作について考え始めた。
確か先生の話しでは「家の人に手伝って貰わずに自分で作ること。工作キットなど、売っているものを使わないこと。」ということが条件であった。
その2つを守れば何を作ってもいいのだ。簡単である。
私は幼稚園児の時から工作は好きだし、得意であると自負していた。

「さあ何を作ろう」

と考えたところで、はたとした。
何を作っていいかわからない。
なんでもいいってなに?
夏休みの工作ってなに?
全くイメージが湧かない。
そういえば、子ども会のハイキングに参加した時、最後に思い出の作品として、木にペイントをして「鍵かけ」を作った。
その時に一緒に行った友達のお母さんは、「これで宿題の工作できたやん!」と言っていたことを思い出した。
私は、その木でできた「鍵かけ」を手にとって考えた。
どう見てもキットを使って作っているのがバレバレである。
自分がしたことといえばペイントと、魚の形をしたそれに目をつけたくらいだ。首をひねった。
条件をみたしていない。これじゃない。
しかしイメージは沸いた。
とにかく夏休みの工作といえば「木」が必要っぽい。
「木」で何か作ればそれっぽくなりそうだ。
私は両親に事情を説明し、ホームセンターへと連れて行って貰った。
ホームセンターに着くと、たくさんの木材、そしてその横のスペースにはでかでかと「工作キット」と書かれたコーナーが設けられていた。
まるで私が来ることを予測されていたかの様である。
母は工作キットを指差し、「これ買えば?いいのあるやん!」と言った。
私は先生に言われたことを説明し、これは買えないと伝えた。
父は「じゃ、お父さんが本棚でも作ったろか?」と言った。
とても有り難い話しだが、先生の言うことを守らなければいけない。
両親は困惑し、そして尋ねた。
「木い買ってどうすんの?何つくるん?」と聞かれた。
それがわからない。
全く両親もめんどくさい娘をもったものだ。
「もうええやん、バレへんって」という両親。
いやバレるって。先生の目を侮ってはいけない。
結局その日は何も買わずに家に戻った。

夏休みは残り2日。
その日は朝から自分の頭はフル回転だ。
どうすれば、なにを作れば、、もう今日と明日しかない、その時間で作れるものにしなくてはいけない。時間が経てば経つほど、条件が足されてしまった。
やっぱり、工作キットを買うべきだったか。後悔の気持ちがよぎった。
いやしかし先生の言ったことを守らずに怒られるのは嫌だ…!

そうか、親に手伝って貰ったとバレないようにアイデアだけ貰うのはどうだろう。
悪知恵が働いた。
早速両親からアイデアを募集した。
しかし昨日の一件ですっかり娘と付き合うことが面倒になっていた両親は、寝転んでテレビを見ながらこう言った。
「そんなんわからんわー、自分で考えるか、もう忘れていって先生に怒られるかどっちかや。」

ズドーン!
と頭に雷が落ちた様な衝撃。
もう、頼れるものはなにもない。

ラスト1日。
私はギリギリまで思考錯誤し、夜10時頃、やっとの思いで完成した作品を両親に披露した。
その名も「カバのあくび」!!!
ティッシュの空き箱に切り込みを入れて口を開け、耳や目をつけてカバの形にしたのだ。
我ながらいい出来栄えだ。
両親も「よかったやん!」とその功績を讃えてくれた。

私は安心して眠りにつき、次の日嬉々として学校にそれを持って行った。
学校では、クラスメイト達が自分の作った作品を見せ合っていた。
そこで、あれ!?と思った。
クラスメイトが手にしている作品はどれも立派なものばかり。
少なくとも小学1年生が自分1人で作ったものではないだろう。
あれなんかは完全に工作キットで売ってるのを見たぞ。
周りを見回すと、自分の持っている作品はただのティッシュの箱に見えた。
作品につける名札の紙が配られた。
私はそこに「カバ」とだけ書いた。ほんとうは「カバのあくび」だが、なぜか書けなかった。カバの口がほとんど閉じてしまっていたこと以外にも理由がありそうだ。
夏休みの工作は体育館に飾ることになっていた。私は手にしたカバをちょっと身体の後ろに隠す様にして特に注意すべき男子達から見えない様に運んでいた。
しかし、あと少しのところでバレた。
「なんやそれー!!」「ティッシュの箱?」「見せて見せてー!」
と数名の男子に冷やかされた。
心の中では(うるさい、工作キット使って作ったやつに偉そうに言われたくない)と思っていたが、実際には「え、カバ」とだけ言った。
「どこがカバなん?」とか色々言われたが、見られてしまった以上は吹っ切れて逆に堂々としていた。

体育館に飾られた作品には児童会の生徒により「〇〇で賞」と書かれた札が貼られて評価される。
一番いいとされるのは「パーフェクト賞」で「特別賞、きれいで賞、アイデア賞」などが続き、一番最下位の評価は「がんばったで賞」だった。
私は一抹の期待を持っていた。見る人が見ればちゃんと評価してくれるのではないか。なにせきちんと先生の言いつけを守り、自分で考えて自分で作ったのだ。

放課後、体育館に作品を見に行くと工作キットで作られた立派な船やどう見ても子どもだけでは作れない木で出来た椅子などの作品がたくさんあった。子ども会のハイキングで作ったあの「鍵かけ」も見かけた。なんだ、よかったのか。と思った。自分だけが馬鹿正直だった。馬鹿正直、馬鹿なのだ。カバ作ってる場合じゃない、バカだ。

そして、私の作品には「がんばったで賞」が貼られていた。
がんばったよ、がんばりましたよ。

そして私はこの時、夏休みの宿題において(いや人生において)、少しの「融通」が必要であることを知った。
それはなかなか手に入るものではなく、夏休みの工作には毎年悩まされた。
そして、6年生の夏、ついに「パーフェクト賞」を貰ったのである。
その作品は、おばあちゃんと一緒に作った「わらじ」であった。
私の喜びはひとしおであった。

それから8年後、私は幼稚園の先生となる。
それからは毎月、子ども達と作る工作の案を2つ作って提出しなければいけなくなった。
毎月が夏休みの工作の様な状態である。
しかし、私は知っている。
どんなにアイデアがなくても、最後は何かしら作ることができるものだ。

あの夏の体験で、私は、そんな「自信」を得ていたのである。


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