ふたりのトオル
トオル、34歳。
僕は居住支援の仕事をしている。
コロナ以降の相談数は著しく増加している。
この世の終わりのような人。
条件の合うところがあるまで待てる人。
本当にさまざまだ。
今日の相談者はもともと経営者だった。
業績が悪化して従業員を解雇。
全てを整理して、
ネットカフェで寝泊まりしてる。
所持金が底をつきはじめ連絡してくれた。
彼は繰り返し言うのだ。
「もう何も考えたくないですね」
「あんなに心血注いだ結果がこれですよ。信じられます?」
僕はいつも通りの質問をする。
ー部屋の希望は?
「4畳1間で良いんです。正直、路上だってかまわないんです」
ー路上はお勧めできません。危害が加えられる可能性だってあります。
それにこの寒さですよ。
「そうですね。ははっ。ただ、本当に、本当にすべてに嫌気がさしました」
とはいえ、所持金の合計から、あと5日はネットカフェに泊まれるようだ。
希望物件の聞き取りはした。
風呂なしでいいという。
嗚呼、みつけられるかも。
物件にいくつか心当たりがある。
必要な聞き取りは全部して携帯をきった。
明日か明後日に内覧でいこう。
はやく落ち着いてもらおう。
僕はこの相談者には部屋の提供ができると確信した。
電話をくれてよかった。
トオル、54歳
飲食店を経営していた。
経営悪化。
万策尽きて店をたたんだ。
頑張ってくれたスタッフたちには包み隠さず事情を説明した。
なかには悔しいと涙をみせた子もいた。
その気持ちがうれしかった。
そして俺はネットカフェで過ごし始めた。
最初は気が遠くなった。
プライバシーなんてあったもんじゃない。
でもそのうち、提供される食事が楽しみになった。
いや、正確には、それにすがるようになった。
無料だからだ。
正直、すぐに仕事をみつけたいと思っていた。
だが体が重いのだ。
頭がぼーっとする。
何も考えたくないのだ。
ショックと後悔で、毎日、毎秒、ボコボコにされてるからか。
そうしてるうちに金がどんどんなくなっていく。
また?俺はここでも万策尽きたのか?
何の気なしにネットで路上生活のことを調べた。
それで、居住支援があると知った。
電話をしたものの、機械的だ。
若い人には、まだまだ可能性があるだろう。
想像できるか?
こんなにも、こんなにも心血注いですべてがぶっこわれることを?
部屋は風呂なしでいい。4畳でいい。寝れさえすれば。
もう何も考えたくない。
路上だっていいんだ。
寒いし、体も痛むだろうが、何も考えたくない。
担当者は言った。
「路上はお勧めできません。危害が加えられる可能性だってあります。
それにこの寒さですよ」
嗚呼、本当に嫌気がさした。
何もかもに。
電話をきった。
もう二度と話すことはないだろう。
体が重い。
頭がぼーっとする。
この手の機関は信用しない。
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