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〔242〕伏見宮と岡崎家に「二体分け」した永世親王伏見殿(2) 12/2 有料領域の内容を変・加筆し、12/27表現を修正しました

(〔242〕伏見宮と岡崎家に「二体分け」した永世親王伏見殿(その2)
 昨年の初夏に紀州狸庵を訪れた華頂博一こと岡崎祐一さんが、初対面の落合白頭狸に語った身上について、落合はやや疑念を抱いたものの、これまで進めてきた國體秘実の研究成果を裏付けるに又とない資料と考えましたが。折から手術入院の繰り返しで思うに任せないで来ました。
 落合は落合で、壬申の乱を機に渡欧してフランク王国の執権ピピン家に入った「有間皇子」の七世紀半ばの事績と、その八百年後の伏見宮治仁王の渡欧に関する史論を落合吉薗秘史の第三巻『日本皇統が創めたハプスブルク大公』に発表しておりますが、その裏付けがまさかこのような形で出て来ようとは思ってもみなかったのです。
 ともかく華頂宮家にゆかりのある広島県福山市鞆の浦を実地見学に訪れたのは昨年(令和5年)の秋だったと思いますが、ハッキリしないのは、その後に入退院が七、八回あったために時間感覚がぼけているからです。
 本年は春先から肝臓癌の焼灼手術で入院、退院後もすぐに腫瘍発生という繰り返しで都合三回入院した落合は、入院中でも研究を続けようと覚悟を決め、華頂宮研究に取り掛かったのが、晩秋でした。
 折から岡崎祐一さんは華頂博一と名乗って、講演会やユーチューブで活動していたようですが、落合が関与しなかったのは、そもそも彼の唱える伏見宮流の歴史観に共振共鳴するところが少ないからです。
 伝え聞くところ岡崎氏は「天皇は百二十五代の今上を以て終わる」などと不吉というしかない妖言を繰り返しているそうで、ユダヤとかキリストを中心とするヘブライイムズから世界と日本を見ていると思われます。
   ≪これを観た祐一氏の助言者H博士から訂正がありました。祐一氏は幼     少期より「百二十六代の天皇の時に世界の心は一つになる」と聞いた」という事です。ニュアンスが大分違いますので、誤解なきようにここに挙げておきます≫
 さて ウバイド史観を根底に置く落合は、およそ世界の宗教の主軸を成すものを「二神論のマイトレイヤ信仰」と考えておりますが、まだまだ固まったわけではありません。
 ともかく唯一絶対神を奉じる経典一神教とは相容れない宗教観に立つ落合は、キリストとかユダヤを持ち出されると思考が停止するので、岡崎さんの説く「伏見宮家伝」を敬遠していたのです。
 ところがそうも言っておれなくなったのは、ユーチューバーとして売り出した岡崎さんが、偽皇族として誹謗の集中攻撃に遭っていると聞いたからです。
 元皇族とは僭称で、正しくは旧華族ですが、祐一さんが生まれた時は父博祐が元侯爵という事ですから、それも言い過ぎです。まして側近に「殿下」と呼ばせるのを心中見苦しく感じましたが、まあこのような誇張が普通に行われてるネット世界のことと思い、口を出さなかったのです。
 とはいうものの、我が國體秘事研究にとって重要な岡崎家伝を見過ごすことは史学上の一大損失になります。
 というわけで伏見宮ー華頂宮ー鞆の浦岡崎家の研究を始めたところ、〔241〕にて、華頂宮家と鞆の浦岡崎家の「二体分け」にたどり着いたのです。


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