〔42〕白頭狸の時務随想

 〔42〕白頭狸の時務随想
 ついに来たぜ。クレディ・スイスの破綻。ユーチューブの文化人放送局で
渡辺哲也さんの解説でよくわかった。
 内容が豊富なので詳細はご自分で視聴して頂きたいが、発端となったシリコンバレー銀行は米国民主党員が深く関わる太陽パネルなどのグリーン関連産業者を大口預金者とする独特な銀行で、預金保険のカバー限度を超える分は保証されないから、大口預金者が一斉に預金の引出しを図ったことで危機に陥ったが、それがスイスに飛び火してクレディスイスにも危機が生じたという。

 シリコンバレー銀行の顧客はグリーン産業でなく暗号通貨業者も関与しているらしいが、ともかく近来流行の新商売で生じた泡銭を受け入れたシリコンバレー銀行が、それを長期債券投資に廻して利ザヤを稼いでいたところ、相次いだFRBの利上げで手持債券の価格が暴落したので含み損を生じていた。そこへ暗号通貨の暴落などから預金の引き出しが発生し、これに応じるために含み損が生じた長期債の売却を余儀なくされたということらしい。
 シリコンバレー銀行の投資先は長期国債のみならず、レバレッジ取引も行っていたのは当然のことで、要するに、金融工学商品を組み合わせて積み上げたピラミッドがFRBの利上げを契機として崩壊したのである。

 白頭狸の観るところ、金融界の諸厄の根本は超低金利にある。そもそも金利の本質については相反する見方があり、或いは「マイナス金利」こそ正常と言い、他はいかなる状況でも付利さるべき絶対金利(「自然金利」)があるという。
 額面だけで見ると後者が正しいが、ここに物価(インフレ率)と言うものが在り、これを自然金利から物価上昇率を差し引けば往々マイナスになることが多い。
 ところが、1990年代の半ばから列強の中央銀行がこぞって低金利化を進めてきたので、いつの頃か世界は自然金利だけになった。自然金利がいかほどかを狸は確言できないが、ケインズは2%と言ったと聞く。当然ながら名目金利のことである。
 自然金利を2%とするならば、これを大きく下回る金融異常緩慢期に利率α%を付されて発行された長期債は、やがて世界が自然金利2%の平常状態に復帰した時には、残存年数につき(2-α)%だけ現金より価値が劣るわけは、現金で今は2%の債券が買えるからである。つまり、債券保有者が償還までの間、(2-α)%を肩代わりしているのである。
 自然金利とは一般的な金利の標準ではない。これ以上下がると経済がうまく回転しないという金利水準で、物理学で言うならば、氷点のようなものである。この二十余年、時としてマイナス金利まである日本経済は、事実上凍結されているのだが、やがて解凍期が来るはずだ。
 目下のアメリカのごとく金利が4%近くなり、さらにFRBがまだまだ上げる気配をみせるようでは長期債の価値下落は甚だしいが、シリコンバレー銀行だけでなく、すべての長期債保有者がその状態に陥っているのだから、銀行危機の解決はそう簡単にはいかない。

 狸が心配するのは太平洋の対岸のことではない。異次元緩和と宣いながら、ゼロ金利を続け、さらに量的に拡大してきた本邦のことである。
 昨日の発表では、国債の発行残高は千兆を超え、しかもその五割余を日銀が保有しているという。本邦の凍結経済も自然金利に復元する解凍期がくる筋合であろう。その時には日銀保有国債の含み損は膨大なものとなり、金利決定権を握る日銀総裁はまさに自縄自縛を演出することになる。

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