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〔208〕勧進および「落合流相似象観」について 9/2に白頭狸の用語取り違えによる誤りが見付かりましたので訂正しました。再読お願いします。

〔208〕勧進および落合流相似象観について 
   七月も末日となりました。立秋を七日後に控え、鷹匠山南光院での夏安居も週日を残すばかりです。
 入院中に二十年ぶりで「敗戦記」を紐解いた落合は、改めて光陰の経過と、その間における自分の見識の充実を実感いたしました。  当時、訳の分からぬままに読み流した「敗戦記」の意味が、今はほとんど一語一句にいたるまで、ハッキリと見えてきたからです。
 夏安居を「敗戦記」の解読に終始した爾應法師は、その間托鉢に出ることもならず、鉄鉢が空になりましたので、有志の方の喜捨をお願いする次第でございます。
 三年前の春分に彌勒が下生された、と爾應は説いてきましたが、さる七月十三日のアメリカでのトランプ銃撃事件の奇跡をみても、彌勒は必ずわれわれに慈悲を下されます。爾應は国運の再興と共に皆さま方の安全を彌勒にお祈りいたします。
 さて本論に戻ります。「敗戦記」には何回か「荒木が申し出て」とありますが、これは荒木が当時の陸軍首脳、とくに人事権を掌握する陸軍大臣に具申したことを指すものと解されます。
 折から明治四十二年から四十五年までの陸軍大臣は寺内正毅⇒石本新六⇒上原勇作で、いずれもかつての駐仏武官で「大東社員」とみて間違いない人物たちです。
 荒木の具申はすべて大東社(國體天皇府)の指示を受けたもので、その都度陸軍大臣が承認したのは、國體天皇府の意向に従った出来レースであったからですが、荒木とチャーチルの関係に関する「敗戦記」の記述は、ここでプツンと終わります。
 「敗戦記」の冒頭章でグローバル主義(ユダヤ思想)について述べた周蔵は、「当時父の親方である荒木閣下こそが甘粕さんと同一であろうと考えていた」と述べていますから、心当たりがあった筈ですが、その根拠を述べないまま「敗戦記」の冒頭章を閉じ、その後は昭和三十年に飛んで貴志重光の来訪を述べます。
 これまでの研究で國體天皇府と配下「大東社」の存在を知るに至った落合は、荒木と甘粕が(上原も)「國體天皇府の幹部で大東社の参謀」であることを心得ていますから、「甘粕がグローバリストで荒木もその一味」とする周蔵の見解には同意できないのですが、「何かの政治的陰謀を企む秘密結社が存在していて、荒木も甘粕も荒木もその一味」とまで見分けた周蔵の判断力には敬服いたします。
 上原・荒木はもとより甘粕も「國體参謀」ですから、周蔵が彼らを「ユダヤの思想結社」と呼んだのは明らかに誤解ですが、その原因は「大東社員」の王希天と呉辰閣(呉滌愆)が、自分らの同志の上原と甘粕を「ユダヤに加わっている」と評したことにある、と落合は観ています。つまり、王希天らの謂う「ユダヤ」とは人種的なユダヤではなく、巷間に溢れる自称ユダヤ通が訳の分からぬままに口にする「所謂ユダヤ」で正体不明の秘密結社を指しますから、この場合は皮肉にも反対側の「大東社」を指していたわけです。
 尤も、絶対一神教のユダヤ思想と世界平和を標榜するグローバリズムが、直線的論理の上では矛盾することはすでに述べましたが、それでも両者が密接に繋がっているのは、この矛盾を矛盾でないとする「メビウスの輪のような」曲線的論理回路が存在しているから、と落合は思います。
 結局、「グローバリズム」も「ユダヤ思想」も単純明快な直線的思想でなく、それ自身の概念の中に矛盾を含むので、平たく言えば、両者共に詭弁を弄しているのです。  この続きは有料領域になります。

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