【創作新解釈:蜘蛛の糸】カンダタはただただ幸福でした。
♯ 「カンダタはただただ幸福でした」
〜 『蜘蛛の糸』 作:芥川 龍之介 〜 ラストシーンより
目前に迫っていた極楽は、今や地の底に広がる地獄へと変わってしまいました。カンダタの体はじんわりとした浮遊感を感じさせながら、下へ下へと落ちていきます。その中で、カンダタは幸福でありました。大きな使命を成し遂げた時のように、これでよかったのだと、深く深く思っておりました。
———「こら、罪人ども。この蜘蛛の糸はオレのものだぞ。お前たちは一体誰にきいて、のぼって来た。下りろ。下りろ。」
そうカンダタが喚いた時、御釈迦様がその様子を見ており、そして糸を
お切りになったのも、カンダタは知っていたのです。
カンダタが蜘蛛の糸に手をかけ登り始めた時から、わかっておりました。
———細く、か細い糸だが、御釈迦様が垂らされた糸だ。
きっと、何人乗ろう切れることはないのです。
もし、このまま多くの罪人が極楽に到達したとします。美しいあの極楽は、数多の罪人たちによって、すぐに見るも無惨な場所になるでしょう。
———オレはよくわかる。オレと似たような罪人どもだ。碌な連中ではないだろう。
御釈迦様は慈悲の心で、これを垂らされた。御釈迦様にもなると、罪人どもを理由にして、ご自身で御与えになった慈悲の糸を切ることなど許されないのでしょう。であればカンダタが、ここで何か御釈迦様のご機嫌を損ねるようなことを言ったとしましょう。そうすれば、きっと心置き無く切ることができるのです。
「こら、罪人ども。この蜘蛛の糸はオレのものだぞ。お前たちは一体誰にきいて、のぼって来た。下りろ。下りろ。」
カンダタはただただ幸福でした。
自分の為すことをできたのです。御釈迦様を欺いて、最後に大きな役目を終えたのです。
ただ、
幸福に包まれながら、カンダタはちょっぴり切なくも思いました。
アベヒサノジョウでした。
ありがとうございました。