中山記念と皐月賞馬について
国内にGⅠ級競争のない1800という距離と、有馬記念くらいしか古馬GⅠのない中山というコースがゆえ、一見するとマイル~中距離のGⅠを目指す馬たちにとっては親和性がないように見えるGⅡ競争「中山記念」。
事実パンサラッサ、ウインブライト、ネオリアリズム、リアルスティールなど、ここをステップにしてきた馬たちがその後勝つのは、ほぼドバイターフを筆頭とした海外GⅠばかり。
近年の「中山記念を使いその後国内GⅠ初勝利を挙げた馬」と言えば、21年安田記念でグランアレグリアを封じたダノンキングリーくらいのものです。
とは言え毎年の如く強い馬が集まり、GⅠ馬が複数集うことも珍しくない本レースに、GⅡらしい格式高さがあることは間違いないでしょう。
そんな今年の中山記念は、現役皐月賞勝ち馬二頭が揃った近年としては珍しい模様のレース。
この二頭に触れずして、今回の中山記念を紐解くことは出来ないのではないでしょうか。
◆近十年の皐月賞馬たち◆
今回出走するのは、イクイノックス率いる最強世代で最初の一冠をもぎ取った22年皐月賞馬ジオグリフと、重馬場を切り裂き異次元の追い込みで全頭抜き去った23年皐月賞馬ソールオリエンスの二頭。
皐月賞が中山2000という条件であることを踏まえると、中山1800の本レースとこの二頭は相性が非常に良いようにも見えますが、果たしてどうなのでしょうか。
まずは近十年の皐月賞馬の成績から。
[1-1-2-4]
GⅠ馬のGⅡ成績としてはやや低調気味でしょうか。
それに近十年で八度の出走ならそれなりの参戦率かと思うかもしれませんが、内六度は四年連続出走したロゴタイプと二年連続出走したイスラボニータですので、実際にはドゥラメンテ、イスラボニータ、エポカドーロ、ロゴタイプの四頭しか近十年では出走していません。
つまり、長い歴史で見ればそんなことはないのですが、近十年で見た場合だと皐月賞馬の参戦が少ないのが中山記念というレースであり、特に19年のエポカドーロを最後にこの四年間は誰も出走していませんでした。
その間の皐月賞馬が三冠馬コントレイルや、それを撃破したエフフォーリアであることを考えると仕方ない側面はあるかもしれませんが。
ちなみに唯一の勝ち馬はドゥラメンテ。
他三度の馬券内は全てロゴタイプです。
この偏りようを考えると、必ずしも皐月賞馬と相性の良いレースとは言えないのかもしれません。
それにグレード制導入以降と範囲を広げてみても、一着になったことのある皐月賞馬はドゥラメンテの他にヴィクトワールピサしかおらず、あのダイワメジャーですら二着という難しさ。
ドゥラメンテ級とまで行かなくとも、ある一定以上の能力、あるいは適性を持たなければ勝ち負けに食い込むことすら危ういでしょう。
皐月賞を勝っているから似た条件の中山記念も行ける、という安易な考えは捨てた方が良さそうです。
◆中山記念における傾向◆
では如何なる皐月賞馬ならこのレースに嚙み合うのか。
こちらも近十年に出走した四頭の皐月賞馬たちの成績から、考察を深めていきましょう。
まずは14〜17年まで四年連続で絶やさず出走し続けたロゴタイプから。
同馬と言えば先日のフェブラリーSで、一番人気を背負いながら大敗してしまったオメガギネスの父であり、他にもミトノオーやピックアップラインなどダートの活躍馬を輩出することが現状のところは多いものの、現役時代は芝GⅠを三勝もしている歴とした芝馬。
戦績は2000以上で[1-1-0-6] 、2000より下で[5-3-4-10]と皐月賞馬ながらマイラーに近い適性を持つダイワメジャーのようなタイプで、安田記念では絶対王者モーリスまでも下しています。
そんな彼の中山記念での成績は[0-1-2-1]と、勝ちこそなくとも三度馬券内に入る安定感のある走りぶり。
ダイワメジャーもバランスオブゲームに遅れをとったことを考えると、マイル寄りの馬では勝ち切りづらいレースなのかもしれません。
近十年の勝ち馬の適性距離の傾向を見てみましょう。
ヒシイグアス ※右 2000以上 左 2000未満
[3-2-1-5] [4-3-0-2]
パンサラッサ
[4-5-0-11] [3-1-0-3]
ダノンキングリー
[0-1-2-1] [6-1-0-3]
ウインブライト
[4-2-0-6] [5-1-0-6]
ネオリアリズム
[5-1-1-6] [3-0-2-4]
ドゥラメンテ
[2-2-0-0] [3-2-0-0]
ヌーヴォレコルト
[2-5-0-7] [4-1-1-3]
ジャスタウェイ
[1-1-1-6] [5-5-0-3]
勝ち鞍などにまで目を向けると、明確にロゴタイプと近いマイル寄りの馬だと言えそうなのはジャスタウェイとダノンキングリーくらいでしょうか。
そして中距離GⅠでの実績があるヒシイグアス、ウインブライトがそれぞれ二勝ずつ、やはりマイルよりやや長めの適性を持つ馬の方が勝ち切り率は高そうです。
皐月賞以降、2000以上での馬券内が一度しかないロゴタイプにとっては、勝ち切るのが難しいレースだったのかもしれませんね。
お次は15、16年に出走した皐月賞馬イスラボニータ。
同馬はロゴタイプ同様、皐月賞馬ながらその後はマイルを主戦場としている馬で、1400の阪神Cを勝っていることからも、適性面はロゴタイプ以上に短距離寄りであったことが窺えます。
それゆえにやはり前述の「マイルより長めの適性を持つ馬の方が勝ちやすい」という傾向に当てはまるらしく、二度の中山記念はどちらも馬券外。
皐月賞以降はこれまたロゴタイプ同様、2000以上での馬券内が二度しかないと奮っていなかったため、中山記念がマイラーに難しいレースであるという説をより補強していく形となりました。
ただしその二度の馬券内はどちらも天皇賞秋なので、単に冬場か中山が苦手なだけという可能性も無きにしも非ずです。
続いて三頭目は、19年の中山記念に出走した皐月賞馬エポカドーロ。
オルフェーヴル産駒の芝クラシック活躍馬という、今となってはかなり珍しい存在です。
古馬になってから殆ど走らずに引退してしまったこともあり、適性面はイマイチ掴めない部分もありますが、父オルフェーヴル牡馬という点と、どの条件でも33秒台の上りを使えていないことを踏まえると、大方2000よりは上くらいの適性になるのではないでしょうか。
そんな彼の中山記念での成績は五着。
GⅠ馬五頭というメンバーレベルと、0.2秒差という着差を考えればさほど負けてはいませんが、概ね理想的な先行競馬をしてもなお最後伸びきれていないあたり、やはり1800では距離が足りていない印象。
同じくオルフェーヴル産駒のソーヴァリアントがイメージとしては近いでしょうか。
距離適性が長めでも、やはりある程度はマイル適性を持ち合わせていなければ勝ち切れないようです。
そして最後は、15年の中山記念に出走した皐月賞馬ドゥラメンテ。
近十年で唯一このレースを勝利している貴重な皐月賞馬なのですが、正直彼に関してはあまり参考になることはありません。
菊花賞を勝てたかどうかは分かりませんが、少なくとも彼の中距離でのパフォーマンスは歴代の三冠馬たちと比較しても遜色ないもの。
コントレイルやディープインパクトが中山記念に出走していたとして、敗北を想像する人間はあまりいないと思います。
つまりはそういう存在。
余程の適性外でない限り勝利を前提とする怪物など、参考になるわけがありません。
抜けた馬ならば勝てる、精々得られる情報はこのくらいのものでしょう。
以上の四頭から考えられる、中山記念における皐月賞馬の傾向を纏めてみるとこうなります。
・1600よりは2000寄りの適性
・33秒台の上がりをコンスタントに使える程度のマイル適性
・抜けた能力ならば適性はある程度軽視しても勝てる
さほど有益な情報は得られなかったかもしれません。
ただヴィクトワールピサも有馬記念を勝った後に中山記念を勝っているので、やはり距離適性が長めな馬が有力というのは概ね正しいのではないでしょうか。
本質的には2000以上、しかしマイルも程々に走ることの出来る皐月賞馬。
次は、その傾向に今回の二頭が当てはまるのかどうかを検証してみましょう。
◆ジオグリフとソールオリエンス◆
まずはジオグリフとソールオリエンスがドゥラメンテほど抜きん出た存在か、という力関係の精査からですが、二頭共に皐月賞以来勝ち星が無いことを踏まえれば考える必要もないです。
少なくとも、適性をしっかり見計らなければ勝ち負けにはならない馬。
その時点で三冠馬と並び立つ能力値であるとはとても言い難いでしょう。
なので考えるべきなのはやはり、二頭の中山記念に対する適性。
長めの距離適性ながらマイルも走れる皐月賞馬、という傾向に彼らは果たして当てはまるのか。
ジオグリフから見ていきましょう。
ジオグリフの芝1800の成績は[2-1-0-0]と、三歳春を最後に出走していませんが圧倒的で、ラップや上がりから考えてもマイラーに近いスピード値を出しています。
しかし朝日杯では普段やらない後方の競馬になったように、追走においては純マイラーたちに遅れをとってしまうようで、1800でのパフォーマンスの割にその分の適性差が1600では響いてしまっていました。
そのため1600はこの馬には短い、少なくとも二歳時点での評価はそうだったハズです。
そして現在においても、1800以上の方が向くのは概ね変わっていないように思います。
というのも、彼は昨年宝塚記念を走っています。
結果は9着と、着順だけ見れば大敗と言える数字でしたが、イクイノックスを筆頭にGⅠ馬が七頭も揃った超豪華メンバーという相手関係の上、枠と並びの関係上常に中団外外を回す厳しいポジショニングを強いられながらも、着差は僅か0.7秒しかありませんでした。
位置取り次第ではずっと内を走っていたプラダリアやボッケリーニ、一頭分内側にいたディープボンド辺りとも十分逆転可能であったと思いますし、初阪神、初2200のパフォーマンスとしては決して悪くないです。
これをマイラーに再現出来るとは、私は思いません。
現に2000以下を主戦場にしている阪神巧者、ダノンザキッドは離されています。
阪神2200という舞台でプラダリア、ボッケリーニ、ディープボンドと差の無い競馬をすることが出来る、これは彼の中距離馬としての能力の証明と偏に言えるのではないでしょうか。
芝ダート問わず短距離マイルを走る馬が多いドレフォン産駒の彼が、2000以上に適性を持つというのも一見不思議に見えるかもしれません。
ですが、長距離血統の牝系を持ったワープスピードが真っ当にステイヤーになったことを考えれば、配合次第では十二分にあり得ることです。
ジオグリフの半兄アルビージャも芝2400のレースを勝っていますし、その母を持つ彼の適距離が産駒傾向より長めでも、おかしな話ではないでしょう。
距離適性が長めなことが分かったら、あとは現状のマイル適性がどうなのか。
二歳、三歳頃のパフォーマンスを未だに出せるのであれば十分中山記念で勝ち負けになるとは思いますが、若駒の頃と古馬になってからでは適性がごろっと変わる馬もよくいます。
参考に出来そうなのは、サウジCでしょうか。
全体的に奮わなかった去年のジオグリフの戦績ですが、唯一サウジCだけは掲示板内に入る四着という結果を残しています。
ダート1800という条件、しかしながら芝馬のパンサラッサが勝ち、ジュンライトボルト、クラウンプライドのようなダート馬が遅れをとる極めて特殊なレース。
走破ラップもかなり破格で、特に前半800mまでのタイムは45.85と、昨年同馬が出走したチャンピオンズCの48.8を上回るのは勿論、パンサラッサが勝利した22年ドバイターフの47.06すらも大きく凌駕しており、ダートながらに少なからず芝1800との親和性を感じられるレースだと言えるでしょう。
無論ダート馬カントリーグラマーやカフェファラオが二、三着に来ている辺り、必ずしも芝馬が上位に来るというわけではないと思いますが。
ただ同馬は、サウジC以降に出走したダート三レース全てで適性外としか思えない大敗を喫しているため、適正レースは間違いなく芝です。
それを踏まえた上で、ドバイターフを制するほどのスピードを持ったパンサラッサと僅か0.28秒差という数字。
芝1800を好走する能力を持っていることは、疑う余地もないでしょう。
よってジオグリフは、今回の中山記念で勝ち負けに至る可能性を大いに秘めた皐月賞馬であると言えます。
しかし唯一不安な点は瞬発力。
ダノンベルーガに遅れをとった共同通信杯や、スローからのヨーイドンとなった天皇賞秋などを見ても、瞬発力が要求される上がり勝負はジオグリフにとってあまり良い条件とは言えません。
実際好走したサウジCはパンサラッサの大逃げと、それを追走する馬たちによって異次元のハイペースが生み出された結果、全ての馬が最後の600mで速い上がりを使えないというとてつもない消耗線になってしまい、1800ながら瞬発力が全く問われないレースでした。
なので、スローに落とし込まれた場合は危うさがあるかもしれません。
ここは注意したい点です。
続いてはソールオリエンスです。
彼の父と言えば、初年度でイクイノックスを輩出した名馬キタサンブラック。
主に牝系の特徴が表れやすいとされている父で、米国型血統の母を持つウィルソンテソーロはダートで活躍し、クロフネを母父に持つガイアフォースは芝ダート両刀、欧州芝馬で構成されているイクイノックスは芝の舞台で猛威を奮いました。
このように母方の血統に能力を左右されやすいキタサンブラック産駒、ではその面から見た場合、ソールオリエンスはどのような適性を持っていると推測出来るでしょうか。
母父モチベイターは昨年末引退したタイトルホルダーと同じです。
そしてレインボウクエスト、こちらはサクラローレルの父であり、アスクビクターモアの母父でもある日本馬にとって縁ある馬。
何れにせよ、ステイヤーになる将来しか見えないほどの長距離構成です。
勝ってはいないものの菊花賞も三着ですし、長距離適性があることは確かでしょう。
ではステイヤーだと言い切れるかというと、そこには疑問符が残る気もします。
まずこのソールオリエンスの母スキアという繁殖牝馬は、これだけの長距離血統ながらソールオリエンスを除く全ての輩出馬が1200〜1800を主戦場とするまさかの短距離マイル傾向。
半兄のヴァンドギャルドなどは二年連続ドバイターフで馬券内に入る高いマイル適性を見せており、血統に反して産駒の能力は極めて1800以下に偏っていることが分かります。
では、ソールオリエンスの適性も1800以下にあるのでしょうか。
彼が1800以下のレースを走ったのは新馬戦の東京1800一度のみですが、この時のパフォーマンスだけで考えた場合、正直それは微妙です。
勝ち時計1:50.8は東京1800の新馬戦としては遅めですし、前半600mのラップタイム39.5もかなりのスロー。
その上で直線しっかり追っていた割に、出た上がりは33.3。
決して悪くはないのですが、マイル寄りに適性のあるGⅠクラス馬のパフォーマンスとしては、やはり物足りなさを感じてしまいます。
少なくとも、皐月賞を最後方直線一気で勝ち切れる能力は感じさせません。
とすると、やはり彼の適性は別のところにあると考えるのが妥当でしょう。
そもそもあれだけスローになったダービーでタスティエーラを抜き切れない辺り、彼のスピード値は際立って高いというわけでもありません。
時計のかかる馬場で、脚を溜めるのが難しいタフな展開を、後方から追い込んで捉える皐月賞のような競馬こそがソールオリエンスの強みなのです。
事実、負けているレースは全てそういった強みの活かされない、時計が出る馬場かつ速い上がりを要求される内容ばかりでした。
比較的噛み合いそうな有馬記念ですらも、冬場の中山としては珍しいボールドルーラー持ちが好走する軽い馬場になったことが災いし、伸び切れずに敗北。
これらのことから、確実に2000以上のどこかが彼の適距離であることが言えます。
つまり今回の中山記念もまた、強みを活かせる舞台かと言えば少し違うのでしょう。
当日雨でも降れば話は変わりますが、ただでさえ今年の中山は例年以上に時計が速い馬場状態。
ソールオリエンスに向くレースとは思えません。
ただ前述の"皐月賞馬の傾向"という観点から見れば、距離適性が長めかつ1800を勝つようなマイル適性を持っているという、好走する皐月賞馬の条件には当て嵌まります。
皐月賞馬ではないですが、ウインブライトなども2000以上の距離に適性を持ち、スピードが要求される上がり勝負を苦手とする馬ながら中山記念を連覇しています。
そしてソールオリエンスと同じ菊花賞三着馬で言うと、リアルスティールやエアスピネルなどはその後1800以下で重賞を勝っていたりします。
そのため適条件でなかったとしても、ソールオリエンスが好走出来る可能性は十分にあるというわけです。
まあリアルスティールやエアスピネルは、どちらもその後1800以下を主戦場にするほど高いスピードを持つ馬なので、タフな条件でこそというソールオリエンスとは少し違うと思いますが。
◆結論◆
◯ジオグリフ
▲ソールオリエンス
今回の二頭に私が印を打つとするなら、こんなところでしょうか。
ここではあくまで傾向からしか考えていないため、その他諸々の点も加味して考察を深めれば色々捉え方も変わるのでしょうが、今回の内容だけを踏まえると、好走は見込めるもののどちらも本命ほど重い印は付けられない、というのが私の見解です。
ただそもそも皐月賞馬の出走自体珍しく、複数頭揃ったのは今回で四度目であることを考えれば、データなんてあってないようなものです。
最後に、86年以降の中山記念における皐月賞馬たちの成績を載せておきます。
[2-4-2-5]
どういう結末を迎えるにせよ、実りあるレースになることを期待したいですね。
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