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訴訟物(訴訟上の請求)と訴え(含:申立事項)


訴訟物(訴訟上の請求)

意義

(参考)瀬木民訴2版24-26頁  重点上2版65-66頁  リークエ3版33頁、46-47頁  伊藤4版157・189頁  条解2版710-711頁(133条)〔竹下守夫〕

「訴訟物」と「訴訟上の請求」は、(一応)同義と考えておいてよいようです(リークエ3版46頁)。異なる概念整理の方法もあり得ますが、「訴訟物 = 訴訟上の請求」とした上で、その中に広義/狭義/最狭義があると考えるのが整理としても分かりやすく、本メモでもこのような整理に従いたいと思います。
民訴法では、「訴訟上の請求」を単に「請求」と呼ぶことも一般的です。もっとも、「訴訟上の請求 = 訴訟物」は、実体法上の請求権(=給付訴訟の訴訟物)とは一応切り離された概念であり、確認訴訟や形成訴訟においても観念される点に注意が必要です。
歴史的には、19世紀後半に(ドイツで?)確認訴訟や形成訴訟が認められるようになるまでは、給付訴訟が唯一の訴訟類型でした。その時代には、権利主張とはすなわち請求権の主張であり、訴訟は請求権行使の手段であるという関係が成立していたため、「実体法上の請求権」と「訴訟上の請求」の間に乖離はなく、両者は一致していたといえます。しかし、19世紀後半に確認訴訟・形成訴訟が認められるようになって以降、「訴訟上の請求」という語はこれらの場合をも含む概念として用いられるようになり、その結果、「請求(訴訟上の請求)」は、「実体法上の請求権(=給付訴訟の訴訟物)」を含むがそれだけには限られないというように意味が拡大(転化)したということのようです(日本大百科全書(ニッポニカ)の「請求」の項参照〔内田武吉=加藤哲夫〕https://kotobank.jp/word/%E8%AB%8B%E6%B1%82-85672  参照。そこでは「原告の権利主張を訴訟上の請求とよぶのは、民法上の請求の語義を転用したものである」とされています。条解2版710-711頁(133条)〔竹下守夫〕も参照)。

「訴訟物 = 訴訟上の請求」の意義については、以下のように、広義/狭義/最狭義に分けて整理しておくのが分かりやすいと思います(表現については複数の教科書から組み合わせてアレンジしたものです)。

広義の「訴訟物 = 訴訟上の請求」概念は、(狭義のそれに加えて)裁判所に対する判決要求の要素を含む点が特徴ですね。また、狭義と最狭義の違いについて、瀬木民訴2版25頁では、狭義の「訴訟物 = 訴訟上の請求」概念は原告から被告に対する主張という矢印の要素を含むが、最狭義のそれは含まないと端的に説明されています。同一の債権(たとえば、金銭消費貸借契約に基づくAのBに対する貸金返還債権)に関する(AからBに対する)給付請求訴訟と(BからAに対する)債務不存在確認請求訴訟の場合を例にすれば、①最狭義の「訴訟物 = 訴訟上の請求」は両者とも同一(金銭消費貸借契約に基づくAのBに対する貸金返還請求権)ですが、②狭義の「訴訟物 = 訴訟上の請求」は両者で異なる(給付請求訴訟では上記請求権が存在する旨のA → Bの主張、債務不存在確認請求訴訟では上記請求権が存在しない旨のB → Aの主張)ということになります。
なお、定義としては上記のように「権利または法律関係」という表現が用いられることが一般的ですが、事実が確認対象となる確認訴訟におけるその事実などを排除する趣旨ではないと思われ、単に例外的なケースであるため定義上は直接表現されていないに過ぎないのではないかと思われます(私見)。また、形成訴訟の訴訟物というのは、個人的には何かよくわからない概念という印象なのですが、おそらく「法律関係」に含まれる(法律上の地位?)ということになるのだろうと思います(私見)。

用語法について①

一応、上記のように「訴訟上の請求  = 訴訟物」について、広義/狭義/最狭義があると整理しておくのが分かりやすいと思いますが、単に「訴訟物」という語を用いる場合は最狭義のそれを指す意味で用いられることが多いようです(リークエ3版46-47頁、瀬木民訴2版25頁)。特に要件事実論などでこの語が用いられるときは、ほぼこの最狭義の意味で用いられています。本メモでも、基本的にはこのような用語法に従いたいと思います(これに対して、重点上2版65頁はややニュアンスを異にしており、「訴訟物」という語は基本的に狭義のそれを指すとされています)。
なお、「訴訟物たる権利関係」という用語によって最狭義の「訴訟上の請求 = 訴訟物」であることを明示しようとする用語法もありますが、△「訴訟物」という語で最狭義のそれを指すという、上記のような比較的一般的な用語法に従う場合にはあまり必要性がないように思いますし、△「権利関係」だけを挙げて「法律関係」を挙げないのはややミスリーディングではないか(かといって、「訴訟物たる権利または法律関係」ではさすがに冗長)という感じがするので、本メモでは、基本的にはこの語は使わないことになると思います。
単に「訴訟物」という語を用いる場合は最狭義のそれを指す意味で用いられることが多いという上記の裏返しとして、単に「請求(訴訟上の請求)」という語を用いる場合は狭義(または広義)のそれを指す意味で用いられることが多いようです。本メモでも、基本的にはこのような用語法に従いたいと思います。「請求(訴訟上の請求)」という語は、どちらかというと狭義の意味で用いられることの方が多いかと思いますが、「請求の趣旨」「請求認容」「請求棄却」などでは広義の意味で用いられています(条解2版741-743頁(133条)〔竹下守夫〕)。

用語法について②(係争物概念との異同)

なお、以前は(上記の意味での訴訟物には含まれない)「係争物」(=その物をめぐって訴訟が行われている物のこと(e.g.建物収去土地明渡請求訴訟におけるその対象建物など))のことをも訴訟物と呼ぶ用語法もあったようです。しかし、現在では「係争物」という語が使われることが多く(条解2版711頁(133条)〔竹下守夫〕)、訴訟物との概念的な区別を明確にするという観点からも、そのような用語法の方が望ましいと思われます。

個数(単複異同の基準)

訴訟物(狭義・最狭義)の個数(単複異同の基準)は、旧訴訟物論((旧)実体法説)を前提とすれば、実体法上の権利または法律関係の個数が基準となります(ここでは、いわゆる訴訟法上の訴えはとりあえず考慮の外に置くことにします)。
したがって、理論的には実体法の解釈によって決まる事項ということになりますが、給付の訴えの訴訟物(実体法上の請求権)については、要件事実論による1種の約束事が事実上の共通理解となっています。ただ、個人的には、「契約に基づく請求権の個数は、契約の個数によって定まる」という準則(ドグマ?)については、はたしてそれほど必然的なものなのだろうかという若干の疑問も感じなくはありません。

申立事項

(参考)重点上2版111頁  条解2版743頁(133条)〔竹下守夫〕

意義

ここでいう「申立事項」とは、「申立事項と判決事項」という形で判決事項と対比されるものを想定していますが、一般には、「申立事項」と「訴訟物=訴訟上の請求」は同義の語として考えられているようです。本メモでも、そのような用語法に従いたいと思います。
たとえば、重点上2版111頁では、一部請求の場面で申立事項 ≠ 訴訟物(両者は厳密には異なる)と巧妙に構成する説(新堂説)もあると紹介しつつ、これは1種のレトリックとしてのみ理解しておくのが無難であるとされています。
もっとも、「申立事項」という語には、請求の趣旨(や判決主文)として記載される事項/裁判所の審判対象というニュアンスが強いようにも思われ、この点を強調すると、「申立事項」と「訴訟物=訴訟上の請求」を異なるものとして概念構成するメリットがある場面もないわけではないような気もします(一部請求とか、上訴とか、執行方法とか?)。今のところ、あまり整理できていない場面なので、この点は、今後の検討課題として保留しておきたいと思います。

訴え

(参考)瀬木民訴2版24-25頁  重点上2版65-66頁  リークエ3版33頁  伊藤4版157頁  条解2版709-711頁(133条)〔竹下守夫〕

意義

訴えとは、

──のことです。簡単に言えば、「裁判所に対する審判申立て」です(瀬木民訴2版24頁)。
訴訟行為であり(重点上2版66頁)、また、公法的訴権説からは(私人による)公法上の行為ということになるのだろうと思います(私見)。

訴えと請求(訴訟上の請求=訴訟物)との関係

「訴え」と「請求(訴訟上の請求=訴訟物)」の関係についてですが、「訴え」とは「請求」を定立する訴訟行為(申立て)であり、「訴え」という行為によって定立されるのが「請求」(申立事項)ということになります。
「請求(訴訟上の請求=訴訟物)」として狭義・最狭義のそれを想定する場合、「訴え」と「請求」の関係については、「訴え」とは、(複数の)「請求=訴訟物」を入れることのできる入れ物・器のようなものという瀬木民訴2版25頁のたとえが分かりやすいかと思います。重点上2版66頁で、「訴え」と「請求=訴訟物」とが 形式 と 内容 という形で対置されているのもおそらく同様の趣旨だろうと思われます。
これに対して、広義の「請求(訴訟上の請求=訴訟物)」と「訴え」との異同・関係については微妙なところがあるようにも思いますが、①「請求(訴訟上の請求=訴訟物)」は、広義のそれであっても原告の被告に対する主張(権利または法律関係の主張)を中心とする概念であるのに対し(瀬木民訴2版25頁)、②「訴え」は、直接的には被告に向けられた行為ではなく、あくまでも裁判所に対する訴訟行為である(条解2版709頁(133条)〔竹下守夫〕)として、両者を区別する理解に従っておきたいと思います。

訴えの内容に含まれるもの

被告に対して定立する請求に加えて、以下のようなものも訴えの内容を構成するものとされています(瀬木民訴2版24頁)。おそらく、広義の「訴訟上の請求=訴訟物」の内容にもなると考えてよいと思われます(私見)。

個数(単複異同の基準)

訴えの個数(単複異同の基準)は、訴訟行為の個数(単複異同の基準)の問題ですから、理論的には訴えた者の意思解釈の問題になると思われます。
瀬木民訴2版24頁では、1通の訴状を持って行われる訴えは1つの訴えであるとされています。基本的にはそのように考えておいてよいのではないかと思います。

おまけ的な補足

「訴訟物」「訴訟上の請求」「訴え」等の語は、一応、上記のように区別することができる概念ですが、実際には必ずしも常に意識して厳密に区別されているというわけではなく、概ね同義の相互交換可能な語として用いられているケースも少なくないようです。実際、前後の文脈からどの意味で用いられているかが明らかなような場面であれば、それでも大過ないということが大きいようです(重点上2版66頁)。
とはいえ、仮に厳密に区別した場合には、どのような意味なのかというのを押さえておくことは必要かつ有益なことではないかと思います。

(本記事は一応、有料設定にしていますが、以下に特に追加内容はありません。ここまでのメモ内容で投げ銭しても良いよという方がもしいらっしゃいましたら、大変助かります。)

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