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ヒトカゲクラブ

 次の授業が始まるまでの間、大学の学食で食事終わりにコーヒーを飲んでいた時のこと。

 胡散くさい笑みを浮かべた、おそらく自分より少し年下と思われる見ず知らずの男子大学生二人に急に声をかけられた。

「すいませんあのー、ちょっと写真撮ってもいいっすか?」

 聞けば僕の顔をスマホで撮影したいという。

 え、いきなり写真?
 俺の顔撮って何になるんだよ?

 片方の男はぎょろ目でソース顔でセンター分けでイケイケの雰囲気で黒いTシャツを着ていた。

 もう片方の男は背が高くて塩顔でさわやかでヘラヘラした雰囲気で白いTシャツを着ていた。

 また両者ともちょうど鼻に付く量のアクセサリーをジャラジャラさせて地に足の付いていない陽キャの雰囲気を纏っていた。

 溢るる嫌なパリピ感。

 薄っぺらさとチャラさが満点。

 ひと目見ただけで
「あ、絶対仲良くなりたくないタイプの奴らだ」
と直感した。

 大体いきなり写真撮らせてくれと言ってくる奴らは気持ちが悪い。

 僕は、
「え、なんで写真ですか?」
とほとんど睨みつけるような目で聞いた。

 すると黒いTシャツの男から、
「いや、あのー、似てるポケモンが分かるAI診断をふたりでやってたんですけど、何回やっても「ヒトカゲ」しか出ないんですね。だからお兄さんの顔でも「ヒトカゲ」が出るか確認してもいいですか?」
と分かるような分からないような返事をされた。

 なにをペラペラ喋ってんだこの黒Tは。

 その後話をよく確認すると、撮影した顔写真がどのポケモンに似ているか診断してくれるAIがあるらしいのだが、二人とも何度診断しても「ヒトカゲ」というポケモンに似ていると診断されるそうなのだ。で、そのことに疑問を持った黒Tと白Tは、誰の顔でも「ヒトカゲ」と診断されるか知るために、僕の顔を撮りたいというのである。

 ちなみに「ヒトカゲ」とはこちらのポケモン。

ヒトカゲ



 「ヒトカゲ」とはほのお(炎)タイプのポケモンなのだが、見た感じ二人の顔は「ヒトカゲ」にまったく似ていなかった。

 また二人の顔つきは全く異なっていた。

 そのため確かに診断結果が「ヒトカゲ」ばかりなのはおかしいなと感じた。


 ちなみにそのAI診断はこちら。


 しかしいくら「ヒトカゲ」とばかり診断されるからと言って、いきなり初対面の人間に写真を撮ってもいいか伺ってくるのは正気じゃない。

 だから断ろうという考えが瞬時に頭をよぎった。

 しかし同時に、俺ってどのポケモンに似てるんだろう?と自分の中の好奇心が少し芽を出してしまった。

 だって僕はポケモンを見て育ったんだもん。

 ならば仕方ない。
 渋々ポケモン診断を受けることを了承することにした。

 僕が
「まぁ、写真撮るくらいなら・・」
と漏らすと、黒Tと白Tは
「え!マジっすか!?ありがとうございます!!やったあ!!」
とキラキラした笑顔でお礼してきた。

 なにがそんなに嬉しいんだ?
 シンプルにこいつら阿呆なのか?
 なんで俺こいつらと同じ学歴なんだよ?
 疑問だったがお礼してくれたからまぁいいや。

 写真を撮ってもらった。

 その後診断結果が出るまでの間、白Tが
「自分の顔、どのポケモンに似てると思います?」
と突如聞いてきた。

 僕は不意に聞かれて面食らい、何故か似ているポケモンが「マタドガス」というどく(毒)タイプのポケモンしか頭に浮かばず慌てた。

 なんてったってマタドガスはかなり強烈なビジュアル、世間一般で言うところの不細工なポケモンなのだ(僕はマタドガス好きだし、実はマタドガスは可愛いポケモンなのだけど)。


マタドガス



 そのため
「似ているポケモンはマタドガスですかねぇ」
などと答えると、
「え、コイツ知り合ったばっかりなのにボケてきた?不細工なマタドガスに似ているという自虐系ユーモアを発揮してきた?」
と白Tに勘ぐられるかもしれない。

 それは恥ずかしい。

 だから即座に頭をフル回転させ、
「えーっと、いや、なんか「かくとうタイプ」のポケモンとかですかね・・」
となんとか振り絞って返事をした。

 具体的なポケモンの名称が出てこなかったので、ポケモンのタイプを答えることで乗り切ろうという作戦をとった。

 しかし、僕の懸命な答えに対し白Tは、
「え、結構あれですね、自己評価高いっすね笑」
とまさかの顔面ナルシストいじりをしてきた。

 ふざけんじゃねえ。

 なんで初対面の白Tにイジられないといけないんだ。

 誰がナルシストだよ馬鹿野郎。

 まぁ多少ナルシストな部分もあるけども。

 あと「かくとうタイプ」に似ている=ナルシストって図式なんだよ。

 その図式そもそも成り立ってんのかコラ?

 「かくとうタイプ」のポケモンにも不細工なのいっぱいいるだろ。

 とにもかくにも憤慨した。

 でも同時に、自分の顔面偏差値を高く見積もっていると思われたことが恥ずかしく、身体の芯が熱くなり動揺してしまった。

 だから僕は照れ笑いを浮かべながら
「自己評価が、高い・・・?へへっ」
としか返せなかった。

 怒りと恥じらいでこころぐちゃぐちゃ。

 自己評価が高いと指摘されるくらいなら、写真撮影を断れば良かった。

 激しい後悔に見舞われた。

 クソっ。



 その後しばらくして診断結果が出た。




 診断結果は「ヒトカゲ」だった。

 僕の顔は「ヒトカゲ」に似ているらしかった。

 というか結局このAI診断では「ヒトカゲ」しか出ないらしかった。



 そのことが僕の診断結果によって分かった黒Tと白Tは、
「やっぱり「ヒトカゲ」しか出ないんだよやったあ!!!」
と大喜びで手を叩いて笑っていた。



 なにがそんなに嬉しいのかよく分からなかったが、彼らの疑問が解決されたので良かった。



 また同時に、喜ぶ彼らを見て感じたことがある。

 それは、
「この二人、チャラチャラした奴らだと勝手に解釈してたけど、実は純粋に良い奴らだったんじゃね?」
ということだ。

 なぜなら、激しく喜んでいる彼らの目の奥がキラキラしていたから。

 もしかしたら、ピュアな気持ちだけを携えて、ポケモン診断を頼んで来ただけだったのかも?

 もしかしたら、ポケモンが大好きなピュアな奴らなだけだったのかも?

 だって普通大学生にもなってポケモンのことでこんな喜べるか?

 そう推察した。

 また、だとすれば、穿ったような心持ちで黒Tと白Tを見ていた自分は偏見まみれ野郎だったんだなと気づき、少し反省した。






 僕は残りのコーヒーを飲み干して席を立った。

「じゃ、そろそろ行きます」

そう言って学食から離れ、次の授業に向かおうとした。

 しかし黒Tに、
「あ、ちょっと待ってください!」
と動きを止められた。

 僕は
「なんですか?」
と聞いた。

 すると黒Tはニヤニヤしながら僕の目を見て言った。

「あの、今度僕が主催しているナイトクラブがあるんですけど、料金安くするんで良かったら一緒に行きませんか?」
 




 何故か黒Tから唐突にクラブに誘われたのだった。




  は?



 急に?




 誘うタイミングも誘った理由もクラブに行きたい気持ちもなんか色々すべて分からなかった。



 そして何より胡散くさかった。
 クラブの主催て。
 溜め息が出た。

 クラブのことをチャラくて嫌な場所と感じている自分の感覚こそ古くてダサくて終わっているのかもしれないけど、にしてもなんだよこいつら。


 ガッカリだよ。

 ポケモン大好きなピュアな奴らじゃなかったのかよ。

 「ヒトカゲ」の話を前口上にクラブに招待すんなよ。

 俺の偏見への反省返せよ。




 クラブへの誘いは断った。

 白Tは黒Tの隣で悲しそうな顔をしていた。

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