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レインピルを飲むZ世代の若者たち

※この記事は「Are you lainpilled? How Serial Experiments Lain took over the memescape」を翻訳し、注釈を加えたものです。


1998年に公開された『Serial Experiments Lain』は、仮想世界「ワイヤード」を舞台にしたサイバーパンクの名作。20年以上前の作品ではあるものの、今日のインターネットとの類似性は、もはや不気味と呼べるレベルだ。物語の中心となるのは、死んだはずの同級生からメールを受け取った14歳の少女「レイン」。メールの中で同級生は、自分は自殺したのではなく、単に「肉体を捨てただけ」なのだと語る。そしてワイヤードには「神様がいる」のだと。この出来事をきっかけに登場人物と視聴者は、アイデンティティが出現・変化するバーチャルな鏡の迷宮へと引き込まれ、「現実とは何か」という問いを絶えず突きつけられるダークで奇妙な旅へといざなわれる。

Lainは、インターネットを描いた作品としては最初期のものに当たる(翌年にはマトリックスが公開された)。公開当時、仮想空間において人が神の如き存在に進化できるという描写はディストピア的に写ったかもしれない。しかし25年近く経った現在、この作品はZ世代にとって新たな意味を帯びるようになった。彼らの「ネット漬け」生活は、もはやワイヤードのそれとあまり変わらなくなっている。肉体を完全に捨てて仮想空間で生きるという考えも、VRやメタバースが進化した現代にあって、さほど現実離れしたものではない。TikTokでは「#lainpilled」のハッシュタグが付いた動画が2900万件以上に上り、YouTubeには何百本ものエッセイ動画が投稿されている。ファンサイト「Wired Sound For Wired People」には3500万回以上のアクセスがあり、この作品がいまだに多くの人々の心に響いていることは明らかだ。

最近のレインピルド*1コンテンツは、シュールなTikTok動画やロールプレイといった形式をとり、解離をテーマにして疎外感を演出する作りとなっている。そこには「スキゾポスティング」と呼ばれる一種のエクスペリメンタルな投稿スタイルの影響が見られ、はっきりとした意味のあることは何も言わないが、わかる人にとってはわかるというタイプの美学が用いられている。それは例えば、配線に絡まったレインや、くまの着ぐるみを着たレインを背景に、精神疾患やネット漬けの生活にまつわる混沌としたキャプションが添えられる……といった具合だ。Cyberus Zineの創設者であるソウルジェムは「偽りのアイデンティティやパラソーシャルな関係など、レインはテクノロジーが私たちの生活に深く入り込むことで必ずついてまわるようになった要素のすべてを探求しています」と語る。

とりわけこの作品に共感を寄せているのが、「フェムセル」*2や「ヤンデレ彼女」を自称する精神的に不安定なネット漬けのEガール*3たちだ。「よくフェムセルはインセルカルチャーから派生したサブカルチャーと考えてられていますが、私の意見では、フェムセルは女性としての経験や少女時代の経験から生まれたサブカルチャーです」と語るのは、インスタグラムのミームページ@sigmacorefemcelの管理者。「私たちはレインにとても共感していて、もはやレインはアンダーグラウンドなカウンターカルチャーのサイバーパンクアイコンとなっています。ネット漬けのクールな人たちにとって精神的に不安定な女性キャラクターはすごく共感できる存在なので、こういう点は魅力的なんです」。

ティーンの少女たちがレインに自分を重ねるのも無理はない。ワイヤード上の別人格を通して現れる分裂した主体性、内気で人付き合いが苦手な性格、出自不明といった要素は、思春期をネット上で過ごす少女たちにもそのまま当てはまる。「パンデミックの間、多くの人が家に閉じこもり、オンラインでのつながりを求めるレイン的な生活を送っていたように感じます」と、ソウルジェムは同意する。「外に出なくても人と関わることができたり、ネット上では現実とは違う自分を見てもらえる点は魅力的です。孤独感とネット依存はパンデミック後もなかなか消えませんね。レインは親近感が持てます。ほんとに私そっくり」。ますます危険性を増すオンライン世界の中でレインが体験した出来事は、インターネットとともに育ったデジタルネイティブたちのそれと全く変わらない。彼らにとって、いくつものオンラインペルソナを使い分けることは日常となっており、それはマノスフィアに見られるような「シスマックス」*4的な演技性とは全く異なるものだ。


レインはゴッドポスティングや超越ポスティングにおける中心的存在でもある。これらは特定のオンラインアートサークルで流行しているトレンドで、半匿名DMグループやDiscordサーバー、秘教的なポッドキャスト、支離滅裂なSubstack記事などにおいて、ポストアイデンティティのロールプレイを行うというものだ。そこにはレミリア・コレクティブのような反woke的な暗号通貨コミュニティが関わっており、オンラインの集合的無意識に接続するため、ミームやシットポストを用いた「自我の死」儀式を行うことが勧められている。

とはいえ、ニューヨークのアーティスト、ブラッド・トローメルが「Hustle Report」で指摘するように、「これはテクノロジーを神として崇拝するのではなく、テクノロジーを通じて神を神として崇拝するものだ」。Lainを観た人なら誰でもわかるように、肉体こそが私たちを人間たらしめるものであり、デジタルライフにのめり込みすぎるのは得策ではない。レインピルドフェムセルであろうとなかろうと、インターネットの探求力を祝福しつつも、ニヒリズムに陥ることは避けたいものだ。どこにいたって人は繋がっていることを忘れないでほしい。



*1 レインピルド (lain-pilled) - マトリックスのレッドピル、ブルーピルが元ネタ。レッドピルを飲んで真実に目覚めた人はred-pilledと呼ばれるが、lain-pilledはレインを視聴してレインに目覚めた人々を指す。

*2 フェムセル (femcel) - インセルの女性版。

*3 Eガール (e-girl) - オンラインで活動する若い女性のこと。

*4 シスマックス (cis-maxxed) - マノスフィアと呼ばれる男性の権利活動を中心とするオンライン・サブカルチャーにおいて使われる用語。シス男性、つまり生物学的男性的な男らしさをマックス、つまり最大化するようなパフォーマンスを指す。伝統的で厳格なジェンダー表現にこだわっているという点で、レインや今日のデジタルネイティブたちに見られるような断片的かつ多面的なオンライン・アイデンティティとは本質的に異なる。

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