⑤文字とのつきあい
娘が生後7ヶ月から通っていた保育園は、独自色の強いおもしろい園でした。たまたま当時の自宅に近く、歩いて送り迎えができるということだけで選んだのですが、入園してみると、東京都内であるにもかかわらず、子どもたちを毎日戸外ではだしで泥んこで遊ばせたり、長いお散歩があったり、園で提供されるおやつや昼食も材料から吟味するなど、いわゆる「こだわりの」保育園でした。自然に触れ合わせて育てたいという保護者の支持を次第に集め、認可が降りる時期にはかなりの競争率だったと聞きました。娘を通わせようと3月に面接に行ったときには、新設されたばかりで、ちょうど園が「一時預かり」のクラスをつくろうとしていた矢先だったために、「では、4月から」とあっさり入園が決まってしまいました。当時私はフルタイムではなく、非常勤で大学や高校で教えていたため、認可の普通クラスではなく、「一時預かり」のクラスで、ということになったのでした。
7ヶ月ですから、おむつが当然必要です。「布おむつをご用意下さい」と言われたときは正直面くらいましたが、それが園の「こだわり」だと聞き、毎日大量の布おむつを持って登園、お迎えに行って使用済みの大量のおむつを抱えて帰宅、すぐに洗濯機を回し始め、乾燥機で乾燥させてから翌日また登園、という日々になりました。
保育園には毎日ノートを持って登園。これが保護者と保育担当者との情報交換になっていました。そこに前日の帰宅後から当日の登園までのタイムスケジュールを書き、家での状況を保育士に報告。お迎えに行くと、その日どのように娘が過ごしていたのかことこまかな報告が書き込まれていて、家では見せなかった娘の一面や成長を知ることができ、家に帰ってきてからそのノートを読むことが何よりの楽しみになっていました。おそらく、保育士の方は、子どもたちがお昼寝をしている間にこれを書いて下さっていたのだと思いますが、本当に丁寧に子どものちょっとした様子をきめ細かく書いていただいて、頭の下がる思いでした。
娘が3歳か4歳になったころだと思います。夫の母が譲ってくれたある玩具がこのノート上で話題にのぼりました。それは、夫が子どもの頃遊んでいたという年代物で、1辺約4センチ厚さ1センチ弱の正方形の木製の札の表面に大きくひらがなが書いてあり、裏にはその字を頭文字に持つもの(たとえば、「い」の札には、「いぬ」の絵、その下にちいさく「いぬ」の文字)が描かれているというものでした。木の札はひらがなの数だけあって、子どもが持ち運べるように取っ手がついた木の箱に入っていました。古くなってだいぶ色が変わっていましたが、母がいつか孫にと大切にとっておいたものだということがうれしくて、ありがたくいただきました。私がノートに、「こういうおもちゃをおばあちゃんからもらいました。」という報告を書いたところ、保育リーダーの方から「お母さんちょっといいですか」と呼び止められました。
「こういうおもちゃは、ちょっと問題です。」と指摘を受けました。理由を尋ねると、その方は例を挙げて説明してくださいました。たとえば、キリンという動物を見たこともない子どもが、子ども向けにアニメのように描かれた「キリン」の絵を見て、そういうものだと認識してしまう。もちろん、日常生活でキリンを見ることは不可能ですから、たとえば動物園に行くとかして実際に見せて「キリン」を認識させるのがもっとも望ましい。キリンの例は極端だとしても、要するに、生活上の体験のないうちに、抽象的な概念だけを先行してどんどん教えることの危険性について話されました。当時、幼児教室に小さなうちから通わせて、小学校を「お受験」させる風潮が話題になっていたこともあって、早期教育の不毛と弊害をおっしゃりたかったのだと思います。幼児教室で、ものすごいスピードで次々にいろいろなものが描かれたカードを見せて、子どもに名前を答えさせるといった光景が、メディアで取り上げられていた頃ですから、我が家も、そういう早期教育を娘に施そうとしていると受け取られたのでしょう。
たしかに、現実的な体験をしない、させないことは、子どもにとって大きな問題です。高校生になって部活動の合宿をしたときに、ガスの付け方も知らない生徒がいてびっくりした、という話を同僚の先生から聞いたことがあります。設備の古い学校の調理室でしたから、ガスの元栓をひねってマッチで火を付けるというなんとも古式ゆかしい方式だったのです。何人かの生徒が、マッチで火を付けたことがなかったということに、その先生は驚かれたわけです。
実際、現代の生活では、リアルな火をマッチでつけるという必要性そのものが消滅しています。災害のときなどサバイバルな場面ではそうした技術が必要になるかもしれませんから、やってみるという体験は大事でしょう。はさみで紙を切ってみる、包丁でなにか野菜を切ってみる、といった生活体験は、本当に大切です。はだしで土の上を歩いてみる、草の匂いや花の匂いを嗅いでみる、どの体験も、その後の長い人生の最初に刻まれる体験として得がたいものになるでしょう。
しかし、私はこの「体験主義」も行き過ぎると問題だと感じています。なぜなら、人間の世界は、「体験」と同じくらい重要な別の要素で成り立っているからです。それは、「言葉」です。他の章でも書きましたが、子どもは世界を言葉によって分節化して、認識していくものだからです。「体験」することに固執しすぎると、かえって子どもが自らの世界を広げるチャンスを逃してしまうのではないかと心配します。世界は、実際に触れるもの、だけで成り立っているわけではないのです。「体験」と「言葉」、両方があってバランスが取れていくものではないかと考えています。
私はこの保育リーダーの方に、この木のおもちゃは父親のお古を譲ってもらったものだという経緯をもう一度説明した上で、あらためて、早期教育の意図はないことを伝え、文字を親が教え込むつもりはまったくないと伝えました。
実は、毎晩何冊もの絵本をぱっちりと目を開けて読んでもらっている娘は、教えるまでもなく、いつの間にか文字を覚えてしまっていたのです。おそらく、音で文章を丸暗記していた彼女は、しだいに、音と文字を頭の中でつなげ、そうか、これが「い」という字なんだ、とひとつづつ獲得していったのではないかと思います。それが何度も繰り返されたのち、だんだんと分かる文字が増えていったというところでしょう。その辺りを丁寧に説明し、園側にも納得してもらいました。
これには、傑作な後日談があります。娘の大好きな絵本の中に、「かばくん」という絵本がありました。動物園のかばくんの一日が、独特のリズムで描かれていて、「おやすみ かばくん、ちびのかばくん」という終わりがお気に入りでした。ですから、上野動物園に連れて行ったときも、いよいよかばくんに会えるのをとても楽しみにしていました。けれども、いざかばのいる池の柵の前に行くと、突然大声で泣き出してしまったのです。「どうしたの?」ときいてみても、泣いていてなかなか答えてくれません。どうやら、娘の頭の中で生息していた「ちびのかばくん」はもっとずっと小さかったらしく、実際のかばの大きさに驚き、同時にがっかりしてしまったようなのです。こうして、娘の頭の中にだけ生きていた「ちびのかばくん」は、普通のかばへと修正されてしまいました。
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