【インド】家のない車夫
汗ばむ黒い肌。男は体を揺らしてペダルを踏み込んだ。張り詰めるチェーン。ギシギシと軋むリキシャが車列の真ん中に突っ込んでいく。鳴り響くクラクション。男は何も喋らない。顔を覗き込むと荒い息遣いが聞こえてきた。蹴り上げられる汗。上り坂の途中で堪らず漏れ出す呻き声。回転を増す車輪。スピードに乗った男は顔を上げて辺りを見渡した。「チップくれるんだろ?」笑った顔は優しかったが目には力が籠もっていた。「完成したら映像を送るよ」と応えると男は不要だと言う。笑ったのはその時だけで、道の先に客を見つけると男はまた体を大きく揺らしてペダルを漕いでいった。(shelter notebook 付録:習作の記憶より)