あがっても大丈夫なヴァイオリン奏法7
音の高低を自分で調節しながら演奏するすべての楽器奏者や声楽家にとって音程は一生つきまとってくる問題となります。「音程は悪いが上手な人」は存在しないし、逆に「上手だけれども音程が悪い」ということもありえません。つまり音程が良いことは、優れた演奏家であることの必要条件なのです。
音程を作る基本は耳です。演奏家が「音を出した瞬間にすばやく音程の高低を察知し、もし少しでも狂っていたら聴衆に気づかれる前に修正を完了させる」ためには、即座に音程の修正が可能な弦の押さえ方を修得すべきであると考えられます。簡単に言うと
1. なるべくゆっくり押さえる(音程の修正に余裕ができる)
2. なるべく早く離す(次の動作に入りやすい)
この2点が基本と考えてよいでしょう。
弦を指板に接触させない奏法では、弦を押さえるために動かす指の移動距離が短くて済み、ごく僅かではあるが時間をかけて押さえることが可能になり、その過程において音程の修正を加えやすいです。
しかし、弦が指板に接触するまで押さえる方法を採ると、指の動く距離が増え、その分、押さえるスピードを速くせざるを得ず、音程に瞬間的な修正を加えることが困難となります。
馬頭琴やラバーブなどでも、自分のイメージした音程を探りながら演奏しますが、修正には時間がかかるし、イメージの音に辿り着いても指が安定しないため、幅の広いヴィブラートや装飾音で、ある程度の“ごまかし”を加えます。このような楽器にやたら装飾音が多いのは、その土地の音楽文化に加え、そのような事情もあろうかと思われます。あるいは、楽器の構造上、やむを得なくヴィブラートの幅を大きくしたり、装飾音を入れたりしたことが、逆にその地域の弓奏弦楽器音楽のモデルになっていったと考えられなくもありません。
メリットその2
この「弦を指板に接触させなくても音を出せるポイント」のメリットは単に響きや音量だけではありません。弓奏弦楽器の奏法では「ポジション移動」あるいは「シフティング」と言って、指を弦に沿ってスライドさせて音程を形成していくのですが、この演奏方法は、言い換えれば、摩擦との戦いになります。
指をスライドさせる直前に摩擦を軽減させて移動させるわけですから、弦を指板に押しつけた状態で音を出してから、指の力を抜いてポジション移動が可能になるまでに要する時間と、弦を指板に接触させずに音を出してから、ポジション移動が可能になるまでに要する時間とは、奏者の立場からすると雲泥の差となります。
弦を指板に押しつけた状態からスライドを開始した場合、指の力を抜いた瞬間に摩擦力から解放され(最大静止摩擦力の解除)、勢い余って目標ポイントを通り過ぎてしまうことも起こり得ます。そのため押さえた指の圧力を一旦抜いてから移動の動作に入らねばならず、移動が終了し目的の音まで到達したらまた弦を指板に接触するまで押さえる。この繰り返しのために割かれる労力を考えると、この奏法は弓奏弦楽器奏者にとって合理的とは言い難いです。
それに比べると弦を指板に接触させなくても音を出せるポイントからの移動は、指を押さえつけていないのですから、仮に、指の力を抜かず、弦と指の間の摩擦を軽減させなかったとしても、ポジション移動は可能です。実際には、指の力を僅かに抜けばポジション移動は自由自在に行うことができ、奏者の労力も最小限に抑えられます。
次回はメリット3について書きます。