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もう一つの世界、28  かっぱ と もやし 4/9

かっぱ と もやし 4/9


 本堂のなかで明かりがうごいてる。でも、ろうそくのぼんやりした明かりやない。懐中電灯の明かりが、あっちこっちにうごいている。
 ぼくとかっぱは、本堂の石段で靴を脱いで、ゆっくり木の段をあがると、引き戸の隙間に顔をつけてそっと中をのぞいた。
 なんにもみえへん。かっぱは耳を澄まして中の様子をさぐってる。
「男の声がきこえへんか?」
「うん、きこえる。二人や、なに話してるんかなあ?」
 聞き取りにくい低い声で、「重たい、車、仏像」とだけ、ききとれた。
 まさかとおもってたけど、
「うん、ぜったいどろぼうや。
 重たい仏像を車ではこぶんや。」
 こらあかん。
 ぼくとかっぱは、気づかれんように階段をおりて靴を履くと、本堂の下に身を隠した。
「どうする?」 
「どうしよう?」
 ぼくの体中の血が、こうふんしてる。
 とつぜん、かっぱがぼくの肘をひっぱった。
 なにかをみつけて、本堂の裏にぼくをひっぱっていった。
 みつけたんは、ホロ付きの軽トラや。隠すように境内の隅にとめてある。 
「絶対この車でにげるんや。」
「そうや、大阪ナンバーやな。」
 かっぱは、誰も乗ってないのをかくにんすると、ドアーをあけて中をのぞいた。
「おれな、いっぺんお父ちゃんの車を運転したことあるんや。そやからな、あっ、車のキーがついてる。この車で仏像をはこぶつもりや、ぜったいそうや。」
 仏像をとられたらあかん。かっぱはとっさにキーを引き抜いて、自分のポケットにいれた。
「これで泥棒は、車でにげられへんやろ。
 おれ、お父ちゃんをよんでくる。もやし、みはっといてくれるか?」
「ひとりでみはってるんか?」
 足がふるえてきた。
―こわない、むしゃぶるいや。
 自分で自分にいいきかせてる。
「なんもせんでええからな。まえにお父ちゃんにいわれたんや。泥棒をみつけたら、ようく見て特徴をおぼえとくんや。そしたらにげられても、あとでみんなにどんな泥棒やったかおしえられるやろ。そやからええか、かくれてみはっとくだけやで、なんもしたらあかんで、ええか。」
 なんども念を押して、かっぱは暗闇の中をはしっていった。
―どうしよう?
 きゅうに心細なった。 
―どこかに隠れなあかん。
 どっか暗い、見つからんところ。
 あたりを見回して、あわてて本堂の広縁の下、階段の裏側にかくれた。ここからやったら、階段の踏み板のすきまから軽トラがみえる。おまけに階段の下に、運動靴がおいてある。
―ぜったい泥棒の靴や。ぜったいここからにげるんや。
 そやから、泥棒の姿がよう見えるはずや。
―そうや、運動靴の中に、なにか目じるしいれといたろ。
 大阪の小学校ではやったいたずらや。
 ぼくは、ポケットのなかをさがした。
 あった。かっぱがくれた家の電話番号をかいた小さな紙切れや。かっぱの名前もかいてある。
―これや、
 ぼくは、その紙きれを、泥棒の靴の中にいれた。
―かっぱ、はよきてくれ。
 蚊に刺されても、ぜんぜんかゆない。そんなことより、泥棒がにげたらどうするんや。じっとまってるんがいちばんつらかった。
 しばらくしたら、がたっと音がして、引き戸をあけて泥棒がでてきた。音を立てんように階段をおりてくる。
 泥棒にみつかったらあかん。ぼくは緊張で身体がふるえた。
 泥棒は靴を履くと、そのまま車のほうにあるいていきよった。
 気づかれへんかった。どっと汗がふきだしてきた。
 うしろすがたしかみえへん。それに、暗くて作業服しかわからへん。
 泥棒は、荷台を開けて中から太いロープをとりだした。
ーかっぱ、はよきてくれ!
 ずっと、心の中でいのってた。
 泥棒が、きゅうにあわてだした。
「おい、車のキーはどこやった?」
 すると、もう一人が、
「なにゆうてんねん。ついてるやろ?」
「ついてないから、ゆうてるんや、おまえもってないか?」
「しらんで、もういっぺんさがしてみ。」
 小さい声で、二人は言いあってる。
 ドキドキしてみてたのに、ふたりのあわてっぷりに、ぼくは笑いそうになった。
 さすがかっぱや、これで泥棒は仏像をもって逃げられれへんはずや。
 どろぼうは、落としたんかなあ、といいながら懐中電灯で車の周りをさがしはじめた。
―あかん、こっちきよる、みつかってしまう。
 ぼくは、あわてて身体をちぢめた。


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