もうひとつの童話の世界6 たのしい 家出
たのしい 家出
ケンは、小学三年生。
ベッドに寝ころがって、かんがえてた。
ベッドが、しんぱいして声をかけてきた。
「ケン、なにをかんがえてる?」
「家出しようか、かんがえてる。」
「どうして?」
「なんとなく、家出したくなったんだ。」
「なんとなく?」
「うん、パパに家出してもいいかってきいたんだ。」
「パパはなんていった?」
「いいよ、っていった。
パパも、小さいころ、家出したくなったときがあるんだって。」
「ふーん、ママにもきいたのか?」
「うん、ママは、『へえ、ケンも家出をかんがえる年ごろになったんだ。
いいけど家出するって、たいへんだよ。』って、いってた。」
そのとき、飼っているヤモリが、口をはさんできた。
「家出するときは、おれもつれていくんだぞ。」
「どうして?」
「だれがおれの世話をするんだ?
世話ができないんだったら、おれをかう資格はないぞ。」
「そうか、わすれてた。じゃあ、つれていく。」
すると、今度は、机がいった。
「部屋をちゃんとかたづけてからいくんだよ。」
「どうして?」
「立つ鳥 跡を濁さず。と、いうだろう。」
「ぼくは、鳥じゃないよ。」
机も、椅子も、ベッドも笑った。
「ケンって、おもしろいなあ。
これは、ことわざだよ。
家出するときは、ちゃんと部屋をかたづけてからいきなさい。ということさ。」
「そうか、それでママが、家出はたいへんだといったんだ。」
また、みんなが笑った。
「ちがうよ、そういう意味じゃないよ。
ほんと、ケンっておもしろいなあ。」
ケンはしかたなく頭をかいた。
家出をするとき、ママに声をかけた。
「ケン、どこいくの?」
「家出。」
「そう、それでどこ行くの?」
「おばあちゃんの家。」
「じゃあ、電話しとくね。気を付けていくのよ。」
うちは散髪屋さん、話をきいてたお客さんが笑ってた。
ケンは、ヤモリといっしょに家出した。
道の途中で、ヤモリが話しかけてきた。
「なあ、ケン、そこの公園の草むらで、おれをにがしてくれないか。」
「どうして、ぼくがきらいになったの?」
「いいや、おれも家出したくなった。」
「どうして?」
「ケンといっしょだよ。そういう年頃になったんだ。」
ヤモリは、まんざらでもないようすで、ニヤリとわらった。
公園のブランコが声をかけてきた。
「おや、しんいりかい?」
「よろしくな。おれはヤモリ、イモリじゃないぞ。」
そして、さっさと草むらに、お尻をふりふり、はいっていった。
おばあちゃんの家についた。
おばあちゃんは、キッチンからでてくると、
「よくきたね、お菓子あるよ。」
ケンが、居間に入ると、さっそく電話機がはなしかけてきた。
「さっき、ママから電話がはいってたぞ。」
「なんて?」
「ケンが、家出したからよろしくって。」
ケンは、おばあちゃんにこえをかけた。
「ママから、電話あったの?」
「あったわよ。ケンが家出したって。」
ざんねん。せっかく、おばあちゃんをおどろかそうとおもっていたのに。
「ヤモリといっしょに家出してきた。」
「あれ、ヤモリは?」
「公園で、ヤモリも家出した。」
「おやおや、ケンも、ヤモリもそういう年頃になったんだねえ。」
「おばあちゃんは、家出したことないの?」
「あたしはないよ。家出するまえに、嫁に行ったからね。」
「いちど、家出しとけばよかったのに。」
「ほんとだ、家出しとくんだった。
ケンは、えらいねえ。よく家出してきたねえ。」
ほめられて、なんかおへそのあたりがくすぐったかった。
その夜、おばあちゃんは、ケンの家出のお祝いだといって、大好物のハンバーグをつくってくれた。
「いっぱいおたべ、家出もりっぱな成長のあかしだからね。」
お腹がいっぱいになると、ケンはおばあちゃんとおふろにはいった。
湯船につかると、ケンはたずねた。
「ママも、小さなころ家出した?」
「ママは、元気な子でねえ、よく男の子を泣かして、しかられてた。」
「ママが男の子を泣かしてたの?」
「そうだよ、それで、しかられるたびに、友だちの家に家出してた。」
「ふーん、ぼくは、友だちを泣かさないよ。いつも泣かされるほうだよ。」
「ケンはやさしいから、パパに 似たんだね。」
なんでママがいつも家で威張っているのか、やっとわかった。
次の日、朝ご飯をたべると、
「ケン、また家出しておいで。」
そして、わらいながら、
「ちゃんと家出します。といってからくるんだよ。」と、おくりだしてくれた。
ケンは、帰り道にまた公園によった。
ブランコが話しかけてきた。
「ヤモリが、おなかがへったって、ケンをさがしてたぞ。」
そのとき、ちょうどヤモリが草むらからあらわれた。
「ケン、食べ物もってるか?」
ケンは、ビスケットのかけらを、ヤモリにあげた。
「一人で生きていくのは、なかなかきびしいぞ。
なあ、おれ、かんがえたんだけど、ケンがどうしても、またおれを飼いたいというなら、飼われてやってもいいぞ。」
ケンは、よろこんでその申し入れをうけることにした。
「これで、またいっしょだね。」
ヤモリは、お腹もいっぱいになり、プラスチックの虫箱のなかで気持ちよさそうにねむりはじめた。
マサトが、公園にやってきた。
「ケン、家出したんだって?
うらやましいなあ。おれも家出したいよ。」
「じゃあ、ぼくの家に家出してくればいいよ。」
「いいのか?ケンのママ、おこらないかな?」
「ちゃんと、家出します。と言ってくれば、だいじょうぶだよ。」
「そうか。じゃあ、今度の土曜日にしようか?」
男の子は簡単にやくそくできる。
そのとき、みきちゃんが、やってきた。
「ケンちゃん、マサトくんなにしてんの?」
「家出のはなし。」
「家出?」
ケンは、家出して、おばあちゃんの家にとまったことをはなした。
すると、みきちゃんの目が、きらりとひかった。
「へんなの。そんなの家出じゃないわ。ほんと、男の子って単純なんだから。」
さっそく、文句を言ってきた。
「どうして、みきちゃんは、家出したことあるの?」
「ないわよ。
男の子とちがって、女の子って いろいろたいへんなんだから。
そう簡単に家出できないの。」
いばっていうと、女の子のところにかけていった。
みきちゃんて、いばっているとこが かわいいなあ。
ヤモリが目を開けていった。
「ケンは、みきちゃんにやさしいなあ。
まあ、そこがケンの いいとこだけど。」
「そうか、そこがぼくの いいとこなのか。」
ケンは、おかしそうに頭をかいた。
家に着くと、ママにいった。
「今度の土曜日に、マサトが家出してくるって。」
「マサトくんも、そういう年頃になったんだ。で、ケンは、なんていったの。」
「家出しますって、ちゃんといってくれば、ママもとめてくれるって。」
ママは、はじけたように笑った。
「そうね、それならとめてあげる」
部屋にはいると、みんなの声がとんできた。
「おかえり。家出はたのしかったか?」
ベッドも、机も、椅子も、みんな話をききたがった。
「たのしかったよ。
今度ね、マサトが家出して、うちにとまりにくるんだ。」
ベッドが、おかしそうにいった。
「マサトも、家出したくなったんだ。」
「そう、マサトもそういう年頃になったんだ。」
みんな、なっとくしてうなずいた。
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