もう一つの世界、29 ファミリーロード、2/11
ファミリーロード、2/11
次の朝、八重子は夫と子どもたちを送りだすと、自分も着替えて病院に向かった。
デイケアースタッフのケースワーカーの長瀬さんが、さっそく声をかけてきた。
「おはよう、谷口さん診察の予約入れてきた?」
「おはよう。うん、いれてきた。」
八重子は早速昨日のできごと、息子の涼二の妄想の話をきかせた。
「そうだったの。今日ぐらい涼二くん女の子に告白してるかもね。」
長瀬さんは笑顔で慰めてくれる。
「今日昼からミーティングあるから、妄想の対処法としてその体験談をメンバーさんに発表してみたら、OTの山本先生に言っとこうか?」
「別に発表してもいいけど、ちょっとはずかしいなあ。」
「大丈夫よ。『亀の甲より、年の功』の山本先生が司会だから、うまく聞き出してくれるわよ。」
「うん?『亀の甲より、年の功』ってどうゆう意味?」
「山本先生の口ぐせ。だてに年を取って頭が禿げてないってこと。」
自分で言って、おかしそうに長瀬さんは笑ってた。
ちょうどそこに、事務所からOTの山本先生が出てきた。長瀬さんはさっそく山本先生を呼びとめ、谷口さんの発表の件を打ち合わせた。
山本先生は、静かに話をきいていたが、
「いいですねえ。ぜひ谷口さん、妄想の対処法をお願いします。さすがお母さんだけあって『亀の甲より、年の功』ですね。」
すると、八重子は何を思ったのか真剣な表情で、
「わたし年はとってますけど、頭は禿げてないですよ。」
と、真顔で言い返していた。
長瀬さんは慌てて話題をそらし、山本先生は怪訝な表情で二人を見ていた。
「それでは、昼の一時半から始めますので。」
山本先生は、他のメンバーさんにも声をかけにいった。
「わたし何かおかしなこと言った?」
八重子は意味が分からずきょとんとしている。
長瀬さんは慌てて訂正した。
「ごめんなさい、わたしが変なことを言ったから、本当は年をとるほど人生経験が増えて、人は賢くなるってことなの。別に頭が禿げるのは関係ないの。」
「そうなの。わたしは頭の禿げてる人は賢いと思ったの。それで 頭の禿げてる山本先生は賢いんだと思って、悪いこと言ったかなあ。」
ふたりは謝りながらも、くすくす笑いだした。
八重子は、デイケアーに来ると不思議とリラックスできる。何も気取らずに、ありのままの自分をさらけ出せて心地よかった。