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もう一つの世界、27  イヌと少女、7/7

イヌと少女、7/7


 次の日、おれはクジラウォッチングの船着き場にいた。
 朝早く、誰にも見つからずに船に乗り込んだ。船底の窪みを見つけそこに忍びこむ。イヌの身体は柔らかいから、少しの隙間でも潜り込むことができる。後は見つからないように、じっと隠れているだけ。      
 時間と共に船着き場が騒がしくなってきた。二十人ほどお客さんが乗り込むと、出航準備を終えて、船内アナウンスとともに船が動き出した。
 おれのお腹に、船の振動が低く伝わってくる。おれの緊張した身体の震えが、船の振動に共鳴していた。
 出航してから40分ぐらい沖にでたところで、船の船内アナウンスが、
「左前方、五十メートルに、クジラが現れました。」
「今、潮を吹きあげました。」
 アナウンスのたびに、乗客が興奮して大きな歓声をあげている。
 立ち上がって、指をさして、そのクジラの大きさにびっくりしている。
 おれはまだ、船底でじっとしている。ここにきて身体が動かない。飛び出すタイミングがわからず焦っている。 
 その間も、クジラウォッチングの船は、クジラにあわせて動き回っていた。乗客の歓声が続いている。
 興奮が最高潮の中、最後のアナウンスが、 
「お楽しみのところですが、そろそろ帰りの時間となりました。最後にもう一度、クジラにお別れをして帰港いたします。」
 船がゆっくり大きく、右旋回を始めた。
「いまだ、いましかない。」 
 おれは、船底から這い出し、なにも考えず海へ飛び込んだ。
 寸前に、小さな男の子と、女の子と視線が合った。ふたりはびっくりしたが、おれはニコッと笑って飛び込んだ。
 子ども以外は、誰も気づかなかった。
 海中に飛び込んだおれは、潮を吹くクジラを必死で追いかけた。しかし、二日間なにも食べていなかった。体力が弱っている。ぜんぜん追いつけない。どんどん引き離されて行く。必死にもがいて泳いでいるが、次第に身体が沈んで行く。海水を飲み、息が出来ず、力尽きて身体が海中に沈んでいく。 
「もうだめだ・・・。」
 あきらめが、絶望に変った。
 そのとき、身体がふわっと浮いた。
 なにかがおれの身体を持ち上げた。  
 イルカだ。おれを支えているイルカの目が、笑っていた。イルカになった少女が、今度はおれを助けてくれた。やがて海に漂っているクジラの前に、おれを投げ出してくれた。
 クジラはおれに少し関心を持ったようだった。ゆっくり、おれの周りを泳ぎ出した。おれは静かに沈んでいく。意識が次第に遠のいていった。 
「クジラになれるといいな・・・。」 
 それが おれの最後の言葉だった。
 気付くと、沈んで行くイヌをおれは見ていた。
 お世話になったイヌを、どこまでも目で追っていた。 
 突然、目の前にイルカが現れた。
 ニコニコした目でクジラになったおれを確かめていた。  
 おじさん、こっちだよ。
 イルカが、おれを呼んでいる。
 おれの目も笑っている。
 おれはイルカの後を追って、ゆっくり沖に向かって泳ぎ出した。 


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