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もう一つの世界、28 カッパと もやし 9/9
カッパと もやし 9/9
男の子は、お互いのへんな顔の隈取を笑いながら、盆踊りが始まるのをまっていた。しばらくすると、祭囃子がきこえてきて、山田のおっちゃんの掛け声で、みんな輪を作り、音にあわせて踊りだした。
ぼくは、お母ちゃんがきてないか気になって、たえずまわりを見ながら踊ってた。
いつくるんかなあ。まだきてないかなあ。
お母ちゃんの姿を探しても、見つかれへん。はじめは、婦人会の人と、浴衣を着た子どもたちだけでおどってた。そのうち、一般の大人の人もまざって踊りだした。
ゆっくり日が落ちて、あたりが暗くなってきた。電灯がついて、まわりの人がみえにくくなってきた。よけいお母ちゃんを探すのが、むずかしい。
はよけえへんかなあ。
ずっと、心の中でねがってる。でも、みつかれへん。
ほんとうにくるんかなあ。
だんだん心細なってきた。ひょっとしたら、なんか用事が出来て、こられへんようになったんかなあ。そうおもうと、踊りがおろそかになって、うまくおどられへん。
きっと僕がちゃんとおどってないからや、後ろから背中をつつかれた。ぼくは、慌ててみんなに合わせて踊る。それやのにまた背中をつつかれた。ぼくは、イラっとして後ろをふりかえった。
「お、お母ちゃん!」
なんや、お母ちゃんが、ぼくの後ろで踊って、ぼくの背中をつついてたんや。
「いつきたんや!ぜんぜん気づけへんかった。もっと、はよこえかけてえや。」
ぼくが文句を言っても、お母ちゃんは笑ってる、
「なんべんも手を振ってんのに、ジンが気づけへんかったから、ジンの後ろにいれさせてもうたんや。元気そうやな、それに、ジンが盆踊りおどれるやなんて、お母ちゃんうれしいわ。」
「うん、元気やで。友だちと一緒に、盆踊りの隈取のグループに入れてもうたんや。」
「うん、おかあちゃんも小さいころ踊ってたからようわかる。」
そして、ぼくの肩をおさえると、
「ほら、あそこみてみ。」
指をさした先に、お父ちゃんが立って手をふってた。
お父ちゃんや!
「えっ、なんでや!離婚したんとちがうんか?」
うれしいけど、どうゆうことや?
「あとで、ちゃんと、説明するけど、お父ちゃんといっしょに帰ってきてん。お父ちゃんもジンのこと、しんぱいしてたんやで。」
そんなんきゅうにいわれても、理解できひん。頭の中が真っ白になって、胸があつうなってきた。
お父ちゃんと、お母ちゃんがいっしょに帰ってきた!
なんでや、かってに涙がながれてきた。あかんみんなにみられてる。ぼくは、慌てて涙をふいた。それでもやっぱり涙がながれてくる。もういっぺん涙をふいた。みたら、手が真っ黒や。隈取が涙でにじんで手にいっぱいついた。
かっぱが、ぼくの顔をみつけて、いいよった。
「もやしどうしたんや。顔がまっくろやで。」
お母ちゃんも、ぼくの顔をみてわらってる。
ぼくは、はずかしなって、あわてて踊りの輪からはずれて公民館のトイレにかけこんだ。鏡をみたら、泣いた後に黒い筋がついて、それを手でふいたから、顔が真っ黒になってた。
ちょっとくらい泣いてもええやろう。かってに涙がながれてくるねんから、しょうがないやろ。
ぼくは、慌てて顔をあらった。隈取も白塗りもみんな落ちて普通の顔にもどってしもた。でも、なんか顔がゆるんできてわろてしまう。心の中から笑顔がわいてくるんやから、しょうがない。
僕は、踊りの輪にもどらんと、お父ちゃんの横に行った。「お母ちゃんといっしょにきたんか?」
「そうや、電話くれて一緒にいこうていうてくれた。いままで心配させてわるかったな。」
そんなこといわれたら、また、泣きとうなる。
お父ちゃんが、ぼくの肩をしっかりだいててくれた。
あかん、また涙が流れてきた。
休憩時間になると、かっぱが、Tシャツが、真理ちゃんが、未希が、スイカが、きゅうりが、みんなきてくれた。
すいかに、いわれた。
「よかったなあ、もやし。おまえ、さっき泣いてたやろ。」
ぼくは、ゆうたった。
「泣いてないわ。汗が目に入っただけや。」
そしたら、かっぱが、いいよった。
「そうや、あれは涙とちがう。うれしい汗や。」
かっぱは、ぼくの気持ちをわかってくれてたんや。
祭りの帰り道、お父ちゃんがはなしてくれた。
「なんも別れとうてお母ちゃんと別れたんと違う。お父ちゃんが借金こしらえてしもたやろ、あのままやったら、お母ちゃんにも、ジンにも迷惑をかけてしまう。それで、お母ちゃんと話おうて、わかれることにしたんや。そしたら、お母ちゃんが、あたしも働くから二人で借金かえそう。そうゆうてくれたんや。ほんまうれしかった。それに、ジンには苦労かけたないゆうて、田舎のおばあちゃんにたのんでくれたんや。」
ほんとうのことをいうと、ぼくは知ってた。こっそり二人の話をきいてたから。でもこうやって面とむかってはなしてくれてうれしかった。また、頑張ろういう気持ちになれる。三人並んで夜道を帰った。お母ちゃんは、なんもいわへんかったけど、そっと、ぼくの肩をだいてくれた。
これで、もうじゅうぶんや、ぼくもがんばれる。
夜空の星は、なんでこんなにきれいんや。みてたら涙でだんだんにじんできた。