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第3話 小説【NICUの呻吟】

第一章ダヴィンチのLAN 

「いよいよウチの病院も6月にダ・ビンチが導入されるんですよ」
渡辺はCS60の施術を受けながら言った。
ダ・ビンチとは米国インテュイティヴ・サージカル社が開発したマスタースレイブ型内視鏡下手術用の手術用ロボットである。名称はレオナルド・ダ・ヴィンチにちなんでいる。
外科手術を担当する渡辺はそれが嬉しいらしい。
ダ・ビンチのメリットとしては出血量が少ないのが特徴だ。手術中の出血量の多さは看護師にとってとても負担が大きい。手術中は何かと時間に追われるので出血の処理はその中でもとても手間がかかるのである。
事前のビデオ研修を受け今までの手術の違いを把握している。
ダ・ビンチが現代医療に与える影響は大きいと感じている。段々と医師や看護師が要らなくなるのではとも感じている。
「負担が減るのはいい事だよね。なんだかんだ忙しいもんね現代人は」
「先生そうなんですよ」
語尾を強めに渡辺が言う。
「みんな簡単にちょっとした風邪でも病院に行くからね。良いのか悪いのかわからんけど」
園山はCS60を動かす手を止めずに何か諦めともいえる口調で応えた。

ダ・ビンチは3年以上前から予算計上されていたが前の病院長はあまり乗り気ではなかった。使用頻度の少ない高額機器よりもMRIの方がほぼ毎日のように使うからそれを優先させた。
人間ドッグを再開させた前病院長は更にオプションとして脳ドッグを推奨しているほどの肝いりだ。脳ドッグの料金は通常の人間ドッグの倍以上はする高額検査であるが、近隣の病院実績から購入に踏み切った。
医療メーカーの営業担当がほぼ毎週遠方から飛行機に乗ってやって来た。
エビデンスには自信がある営業担当は力技でねじ伏せた。このメーカーの平均年収は2,000万円を超えるという。
営業担当とエンジニアの意思疎通力は高い。常に改善、改良を怠らないのである。

「痛たたた」
渡辺が悶絶するかのような声を上げた。
「ごめんごめん。相当リンパが詰まっているな」
園山はそう言って手を離してタオルを重ねた。脛のリンパを流している。
グッと筋にそってCS60を上下に動かす。普段はそれほど力を入れてさすらないのだが老廃物が溜まっている箇所は不思議と力強くなるのである。
「もう大丈夫かな。かなりお疲れだね。大変大変」
「そーなんですよ。あー早く辞めたい」「えっ。辞めてどうすんの」
園山が呆れた感じで言う。
「もっと小さなクリニックにでも行こうかな。大きいとこは疲れる。だって関係ない仕事が多いし縦の関係が面倒くさいんだもん」
横を向いたままかすれ気味の声を絞り出す。
マンモス病院ならではの厄介な決め事に辟易しているのは渡辺だけではない。

毎週のように業務外で研修やら講演やらがある。それはそれで知能、技能向上に欠かせない取り組みではあるが、目先の業務に即効性がある訳ではない。ただ受けないことにはポイントアップに成らないのである。
ポイントは将来の看護師長には欠かせないのだ。上を目指す看護師にとっては普段の業務以外にどれだけ時間と情熱を捧げられるのかが重要なのである。

最近は特に個人情報管理やパワハラ問題、セクハラ等ある意味一般常識的な事柄も深く学ばなければないらい時代なのである。
また新しいワクチン接種や医療機器もどんどんとグレードアップしていて患者に問われた時に不安なく対応しなければならず、医師とのレベルの均衡が求められている。

「小さいクリニックね。それはそれで忙しいんじゃないかな。折角大きな病院で外科手術をやってるんだったら勿体ない気もするけど」
園山和也は少しかすれ気味の声で言った。施術の残り時間が後10分ほどになると顔の施術に取りかかった。
首から三叉神経にかけて入念に施術する。三半規管が弱い渡辺にとっては辛い箇所だ。

次に鼻から目にかけてCS60を当てていく。
「今年は花粉症の症状はどうだい」
園山和也が渡辺のお腹の方に目をやり質問すると。
「あっ、そう言えば今年は薬飲んで無いです。聞かれるまで忘れてました」
「そうかい。それは良かった」
「うふふ、そうでしょ」
娘の園山瞳が笑いながら言った。彼女は渡辺が花粉症の症状が治まっていることは気がついていたのである。彼女も以前は酷い花粉症だったのであるがCS60を受けてから一切耳鼻科に行ってないのである。
「本当、不思議だわ。何でだろう。やっぱりCSよね」
渡辺は園山和也の施術を受けながら自問自答していた。

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