小説「バイクラプソディー」第四章:マスターシリンダー その8
その日、東の空は珍しく朝焼けであった。
急性膵炎から復活した林田は以前にも増して猛烈な勢いで仕事をこなした。
それもこれも阿蘇山へのツーリングに間に合わせるためであった。
そして妻との北海道旅行の計画も練らなくてはならない。
旅の計画を練るのは比較的得意な林田にとって楽しい作業の一つだ。
以前は雑誌で旅先のグルメや観光スポットを見つけていたが最近はもっぱらグーグルマップで検索している。
移動の時間や距離も簡単に検索できるので林田はほぼ毎日のようにタブレット端末を眺めている。
WiFiで繋いでいるので家のどこにいても検索が出来るのでお風呂に浸かりながらでも見ることができるのだ。
林田は長い時は一時間以上お風呂に入っていることがある。
それはタブレット端末でYouTubeを見たりグーグルマップを見たりメールをチェックしたりとあれこれ時間つぶしには事欠かないからだ。
時にはお風呂に浸かりながら寝ることもあるほど彼はお風呂が大好きだ。
たまに缶ビールを持ち込んで一杯やりながらお風呂に入る。
この背徳感が彼にはたまらないらしい。
子供には絶対に見せられない行為だ。
「えーとサッポロビール園はここか。ふうん大通公園から歩いても30分か。丁度いい距離じゃないかな。とりあえず大通公園で時間を潰してビール園に行けばお腹も空いて来るし乾いたのどにビールを流し込むのもいいな」
グーグルマップを見ながらあれこれと計画を練る。
「ほう途中にあるサッポロファクトリーか。なかなかここも良さそうなショッピングモールだぞ。うん。ここへ連れて行ったらだいぶポイントが高いな。なんせあいつはショッピング大好き人間だからな」
サッポロファクトリーは以前ビール工場があった跡地を活用してショッピングモールにしているところである。
「へーアウトドア用品も売っているのか。うんこりゃいいぞ。別行動でいいか。あいつの買い物につきあってたら大変だからな」
「あなた、いい加減に上がりなさいよ」
台所から妻のひとみの声がする。
いい気分でビール片手にグーグルマップを見ていた林田は流石にそろそろお風呂から上がらないとやばいかもと思った。
風呂から上がると夕食が出来上がっていた。
その日の夕食は妻の好きなグラタンだった。
彼女はチーズたっぷりのグラタンが大好きなのだが林田はそれほどときめかない。
しかし、彼女がグラタンを作るときは機嫌がいい時なのでしっかりと戴くようにしているのだ。そして何かお願い事をする時はこのチャンスを逃さないようにしている。
彼女はその事にはあまり気が付いていないようだ。
そろそろ北海道旅行の話をしつつ次の願い事を考えている。
「あのさ、北海道のことだけど、札幌と美瑛町と小樽に絞ろうと思うんだ。北海道って俺らが思っているより広いからさ。九州よりもデカいらしいぞ」
「ふーんそうなの。私はとにかくラベンダー畑と小樽の赤レンガ倉庫と札幌の大通り公園のイベントに行きたいの。それさえ出来たら良しとするわ。来年もよろしくね」
「来年? わかったよ」
とりあえず彼女の機嫌を取らなければならないと思い突っ込みたいところをグッと我慢した。
来年の事はまた考えればいいと思ったのである。
「あー楽しみ楽しみ。今日のグラタンどう」
「ああいつもと変わらず美味いよ」
それほど美味いとは感じていないが場を取り繕う意味で返事をする。
「あら今日のチーズはいつものとは違うわよ。ホント違いのわからない男ね貴方って」
林田はしまったと思った。
チーズの味にそこまで違いは正直わからないのである。
「今日のは北海道十勝のシュレッドチーズよ。いつもの安物とは違うんだからね」
「へー十勝のね。十勝っていったら帯広市か。随分札幌市から遠いな」
「そうなのね。近かったら行きたいけど」
「札幌から美瑛町に行くより遠いからな。また来年だな」
「うん来年は十勝に連れてって」
「ああ」
ひょんな話題から来年の旅行の計画を考えざるを得なくなった林田はそれはそれで良いかと思った。
彼は今回の旅行ではサッポロビール園に行ってジンギスカンを食べながら生ビールを飲めればそれで満足なのである。
来年は妻の妹にお願いして一緒に行ってもらうのも良いかと考え始めていた。
つづく
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