
あれからから1年
あけましておめでとうございます🙇
子ども達が受験生なので、今年は1人で帰省した有朋の首領です。
昨年は家族全員で帰省したのですが最悪の元日でした。
2024年1月1日の16時過ぎ、令和6年能登半島地震が発生します。
実家は大きく揺れ、これは避難しなければいけない規模の地震だとすぐにわかりました。実家は海のすぐそばなんです。
その時、実家には私の両親と次男、四男、嫁、息子、娘がいました。
私は子供たちがいたので、家族にすぐに逃げるんだぞ!と声をかけ、嫁と息子と娘を連れて近くの小学校に向かいました。
地震発生から、かなり早い段階で小学校に向かったのですが、すでに小学校にはたくさんの人たちが避難していました。
過去の悲劇の教訓が活かされているのか、みんな素早い行動です。
冬休みだったので、小学校の入り口は施錠されていて中に入ることができず、みんな非常階段をのぼっています。
しかし屋上への扉が施錠されていて、非常階段に登れない人たちがたくさんいます。
この間にも続々と避難してくる人たちは増え続けています。
どこからか机をもってきた男性が、扉を破壊しようと机でぶっ叩き始めました。すると周りの若い男性たちも集まってきて交代しながら扉を叩き続けます!
20分ほどして扉が壊れ、なんとか屋上に避難することができました。

めちゃくちゃ寒かった
屋上に避難することができ、余裕がでてきたら弟たちの姿が見えないことに気づき連絡します。

どうやら弟たちは小学校ではなく、中学校に避難したようでした。
※小学校も中学校も実家から同じくらい近い
しかし、ここで大問題が発生します!
なんと馬鹿オヤジだけ逃げずに家に残ってるというのです。
こんなもん、逃げなくても大丈夫や!と根拠ゼロの自信で家から出ようとしないので置いてきたというのです。
勘弁してくれよ😭
次男には力づくで馬鹿オヤジを非難させるようにと言って電話を切ります。
今日は長引くかもしれないので電池は節約です。
帰省していなかった三男からも連絡が

能登の祖母宅にいました
1時間後
次男から馬鹿オヤジを避難させたと連絡がこないので、LINEを送ると衝撃の返事が!

マジでオヤジはボケてるんじゃなかろうか??
馬鹿オヤジを迎えに行くと、その日に注文していた寿司を取りに行こうとしていたので、次男がそんなんいいから逃げるぞと言うも話を聞かず、しょうがないので、次男が寿司を取りに行ったらしいのです。
信じられません!
テレビではアナウンサーが強い口調で
「できる限り高いところに逃げてください!」
と繰り返し叫んでいるのを聞いても何も思わないのでしょうか?
もう私が行くしかありません。私は一人実家に戻ります。
家に入ると父は割れた皿を片付けていました。
馬鹿オヤジ「おう、どうした?」
普段と変わらぬオヤジに腹がたちましたが、グッとこらえ
首領「オヤジよ、頼むから私と一緒に避難してくれ。地震から時間が結構たっているから津波はもう来ないかもしれないけど、また地震が来るかもしれないだろ? 津波警報が解除されるまでは避難しよう。なんかあってからでは遅いんだぞ!」
馬鹿オヤジ「お前がそこまで言うなら避難するか。」
なんとか説得に応じた親父を連れて私は小学校に戻ります。
小学校に戻ると先生が来たのか、入り口が解放されていて、私たちは教室に避難することができました。
教室のテレビではアナウンサーが変わらず、避難を呼びかけていました。
避難している間、親族とも連絡を取り合い、能登に住む祖母とも連絡がとれ無事が確認でき、親族で被害にあったものはいなさそうでした。
本当に良かった。
21時を過ぎて自宅に戻る人がちらほら増えてきました。
私たちも、22時頃に津波警報が解除されたので実家に戻ることにしました。
実家に帰る途中、もしオヤジが
「なっ?避難しなくても大丈夫だったやろ!」
って言おうもんなら、ぶん殴ってやろうと思っていましたが、さすがに言わなかったのでホッとしました。
正直、言いかねないオヤジなんで。。
みなさんは地震が起きたら、必ずすぐに逃げてください!
結果、何もなければそれがそれで良いじゃないですか。
私の父親のように災害時に正常バイアスが働いて、逃げ出さない人がいたら無理やりにでも連れていってください!
帰宅後
何も持たずに非難したので
みんな、すごくお腹がすいていましたが
家には寿司があるんです!
これだけは結果オーライですが、良かったです。
2024年はこの地震だけでなく、9月にも大雨の被害があり、大変な1年でした。
2025年は良い1年になりますように!
いいなと思ったら応援しよう!
