漫画原作「団地の子供たち」3話




「で?何しに来たんだよ」

「天体観測のお誘い」
望遠鏡らしきものを担いでいる。喪服で。

「あなたのお母さんまだいるの?」
「…多分…俺、あれから1回も開けてない…」
「じゃ、確認するわね」
ドサと玄関先に望遠鏡を置くと、相変わらず、ズカズカと無遠慮に中へ入ってゆく。
そのまま、冷蔵庫を開け中を見る。

「じゃあお別れに行きましょうか」
「どこに?」
「目星は着けてきたわ。色々用意もしてきた。あなたさえよければだけど」
「…行くよ」
「そう……じゃあ、細かいことを確認したら、出発しましょう」





俺の車で行くこととなった。
黒浜はキャンプにでも行くような格好に着替える。
「疲れたら言ってね。代わるから」
「別にいいって」
「事故だけは起こさないでね」
「はいはい」
車で走り出す。

「仕事はどう?」
黒浜は、相変わらず淡々とした口調だ。
「別に普通だけど」
「ちゃんと続いてるのね。あ、私何日か休み取ってきたから、その間泊めてほしいんだけど」
「別に…いいけど。俺は仕事だぞ」
「休めない?」
「……わかった。具合悪いって言っとく。慶弔休暇にしてほしいぜ」
「ありがとう」
「いいよ。多分、俺はずっと黒浜さんが来るの待ってたんだ」





4時間車を走らせ、黒浜の指定する場所へ到着した。
「はぁ…ケツイテェ」

「思ったより早く着いたわ。木野くん、グロいのだめなんだから再起不能にならないように袋のまま埋めてしまってね。ちゃんと袋は溶けやすいものに移しておいたから」
「もう、その話いいって。さっきも聞いたから」

車が意味もなく止まっていたら怪しいので、黒浜は一旦離れて1時間後に合流予定だ。
携帯の電波は届かない。

「重いな…俺の母親は」
シャベルと腐葉土と自分の母親を抱えて、暗闇に目を慣らす。

5分ほど歩いた場所に穴を掘り始める。
(ああクソ…暗いし…熊とかいるんじゃ…あいつホントに戻ってくんのか?)

穴を掘っている間、もう黒浜は戻ってこないだろうと思った。
寒いのに嫌な汗が出て来るし焦燥感で手が滑る。
(人間ってのは色々溶かしても結構量があるもんだな…考えたら気持ち悪くなってきた)

明るさを抑えた懐中電灯で、深さを確認する。
腐葉土を撒く。

「よし」
最後に手でも合わせようかと思ったが、止めた。
(時間まであと9分か。意外と早く終わったな。俺って穴掘る才能あるかも)

道路の隅に隠れるようにして座る。
(あいつが戻って来なかったら自首でもしようか。あいつは元々何にも関係ないんだ。…ここまで、付き合わせて…俺は)


「何してるの?早く乗って」
黒浜は戻ってきた。
「どうしたの?捨てられた子犬みたいな顔して」
「ああいや…」

車に乗る。

「あれじゃあもう本当に誰だかわかんねぇだろうな」
「そうね。…大丈夫?顔が青いわ」
黒浜が冷えたお茶を差し出す。
「わるい」
気分が悪かったのでたいぶ助かった。
「ハァ~…」

「どこに向かってんだ?」
「さっき走ってて見つけたの。不法投棄が多い場所。ちょうどいいわ。申し訳ないけど、シャベルとクーラーボックスは捨てちゃいましょう」
「悪い奴〜」
「ついでに粗大ごみの日は明後日。あの冷蔵庫も捨てましょう」
「ん」
暗闇の中運転する黒浜はチカチカと輝いて見えた。




大分、家に近付いた途中でファミレスに寄る。
「こんな時間にやってんだな」
「具合良くないんでしょ。うどんとかあるわよ。揚げ玉抜いてもらう?」
「あ〜…うん。それで」

黒浜は鞄から茶封筒を取り出す。
「はい、これ借りてたお金」
「は?いやだって…あれはあげたもんだろ。こんな手伝ってもらって…」
「もう、お金に困らなくなったから。それが、礼儀でしょ?」
手切れ金ってことか。
「このお金のおかげで今の生活があるわ。ありがとう」


「はぁーやっと帰ってきた。俺は仕事で疲れてるっつのに何時間も車に乗せられて穴掘らされて…もう寝る」
「お疲れさま」
黒浜は微かに笑っていた。
こいつやっぱあれだわ。サイコパス。


「おはよう」
「……朝か……風呂…行くか」
気絶するように寝たらしい。

「ここの健康ランド懐かしい」
「俺は毎日来てんのよ」
「ね、あっちでお笑いやるって。ビール飲みましょうよ」
「朝っぱらから?…それ超いいな」

お笑いは見たこともない年のいった漫才師だったが、何だかすごく笑えた。



「昼、ラーメンでいいか?そこに旨い店あるんだよ」
「いいわよ。何ラーメン?」
「味噌。が旨いけど何でもあるよ」
「味噌にする」

黒浜が、俺の横でラーメンを啜っている。


「夜は私が作るわ。スーパーに寄りましょう」
「ああ」
「あと…粗大ごみのシール買いにコンビニにも寄りたいわ」
「ああ」


「管理人さんに聞いたら、今出しちゃっていいって」
「じゃあ運ぶか」

「はぁ…腰抜けるかと思った」
「下の方が大変よね」
「……黒浜さん、結構タフだよな…」

「これ(冷蔵庫)、なくなったんだし、引っ越しでもしたら?」
「………」
「気分じゃなかった?」
「いや…そうだな。何かやっとここからおさらばできんのかと思ったら」
「ホッとした?」
「ああ、ホッとした」
「…もっと早く来るべきだったわね。ごめんなさい」
「いや…元々、黒浜さん関係ないだろ」
「関係ない訳ないでしょう?立派な共犯者よ」
(なんで、こいつは俺のためにここまでしてくれるんだ。もう確実に取り返しのつかないところまで)




「サラダも食べてね」
「うん。…黒浜さん今どこに住んでんの?」
「浦和よ。会社も浦和だから」
「なんだ。近いんだな」
「怒った顔」
「別に怒ってねぇよ」
「会いに来なくて悪かったわ」
ぐっとした。泣きそうになったが堪えた。



「明日、部屋見に行きましょう。休み?」
「日曜は元々休み」
「そう」
「なぁ…俺をここから連れ出すために今回来たのか?」
「思いつき」
「思いつきとは思えない計画性だったけど」
「昨日、同級生のお通夜で、お経聞いてた時に考え付いたの。それで、色々調べて、物揃えて、確認して、ここに来た」
「なんだそりゃ」
「自分でもよくわからない」
黒浜は、クスクスと笑う。



がらんどうの綺麗なアパート。

「バス、トイレ別。2階。駅から遠いけど、会社は近い。6万6千円。もう少し安くなりませんか?」
「うん~…ちょっと待ってくださいね」


「浅草も近いのね」
「車だったから、そっちの方行かねぇけどな」
「王子からだとどのくらいかかってたの?」
「朝だと混んでるから3〜40分」
「ふーん。住宅手当てはないの?」
「ウチの会社にんなもんはない」
「でも良い会社じゃない。車は会社のなんでしょう?」
「うん。これからは徒歩通勤で行けるな。駐車場代もったいないし」


「団地、とうとう取り壊し日決まったみたいね」
「ああ…しかし、よく倒壊しないでもった」
「ホント、5階建てなのにエレベーターもないしボロボロでカビ臭いし」
「そこら辺サビまくってたし、ヒビ割れだらけだし…でも、寂しいもんだな」
「そうね」



次の日起きると綺麗に跡形もなく黒浜はいなくなっていた。
「あの女…」





続く











(だらだらと行かなくなって…)
ダルいが会社には行かなくちゃな。
「木野、大丈夫か?」
「あ、はい。もう全快です」
「お前今まで1度も休んだことなかったからみんな心配してたぞ」
「すいません」
「けどまぁ俺、見ちゃったんだけどね。回ってる時。あの娘の親に挨拶にでも行ってたのか?お前、由香ちゃんに言い寄られてた時彼女いないとか抜かしてたクセに。でもあんな綺麗な彼女いたんじゃ社長の孫でも嫌だよな」
「いや、彼女じゃないですよ」
「またまた。誰にも言わねーよ」
「いやだから」
黒浜ってそんなに綺麗か?まぁブスではないけど。モテるのかな。





「木野」
「松長」

松長の実家に久々に足を踏み入れた。
「お前、今何してんの?」
「ちっさなガス会社でそこら辺回ってる」
「へぇちゃんとしてんだな」
「ちゃんとってお前は?」
「俺は…現在無職っす。何かお前の言う通りになっちまったな。就活とか一社受けて嫌になったわ。奨学金返さなきゃだしなー」
「ふぅん。おばさんは何て言ってんの?」
「何も」
「………社長に聞いてみようか?入れるかはわかんねーけど」
「マジで!ホントにか!」
「ああ、でも聞いてみるだけだから」





「面接してよかったら採ってやるよ」
「はい、無理だったら大丈夫ですよ」
「来年、ひとり採ろうかと思ってたからいいぞ。面接くらいはしてやるよ。ただ、大卒でも営業は間に合ってるから、お前と一緒の配送な」
「ありがとうございます」




「どうだった?」
「明日から来いって」
「マジか。よかったな」
「ああ!ほんとサンキューな!」




「無断欠勤も三日目か。電話にも出ない」
「すいません」
「いや、お前が謝ることじゃない」




「木野くん。ウチのがごめんなさいね」
「ああいえ」
「木野くんはホントに立派になって。ウチのが恥ずかしいわ」

「………立派ねぇ」


「松長」
「あー木野。なぁ4日分って給料でる?」
「でねーよ。んなもん」
「マジか。バイトでもした方がマシだったな」
「はぁ…じゃあな。あと日曜俺引っ越すから」
「マジか、ここから抜け出すのか〜。知ってるか?ここ出てった奴ら、今けっこー戻って来てるんだぜ」
「…お前ん家は建て替えた後も住むの?」
「検討中らしい」






携帯の黒浜の電話番号を見つめる。
「…会社も住所も聞いてねぇし」





「いいじゃねぇか建て替えてくれるんなら。都営団地なんて家賃安いんだろ?もう出たら入れねぇんじゃねぇの?」
「ガキの頃から住んでてもういい加減嫌なんですよ」
「あれ?お前独り暮らしじゃなかったか?」
「母親が途中で出ていって…それから独りだっただけですよ」
「お前も苦労してんだな。よっと…そんじゃ後は自分でやれよ。これ、引っ越し祝い」
「いいですよ。手伝ってもらって…そんな…」
「お前、俺が腰やっちまった時、俺の分まで頑張ってくれたろ?そんときのお礼も兼ねてんだよ。いいから貰っとけ」
「…ありがとうございます」






メール
(黒浜さん、引っ越し完了しました。今度、遊びに来てください)






続く

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