漫画原作「団地の子供たち」2話
朝起きると、ツンと寒かった。
テレビをつければ、今日は季節外れの寒波だそうだ。
電気ストーブを横に装備し、窓を開けてベランダに足を出す。
本当に寒い。足が痛い。
お茶を飲む、朝はいつもお茶だけで済ます。
こうして、少しずつ目覚めてゆく。
曇り空を眺めながら、窓を閉めた。
熱いシャワーを浴びる。化粧をして、髪を整える。服を着替えて家を出る。
会社から10分ほど歩いたところに住んでいる。
「おはようございます」
「おはよう」
すれ違う他部署の中年男性へ挨拶をする。
制服に着替えて、掃除をしたら朝礼。メールチェックが済んだら昨日の売上を報告。
受注発注の伝票整理。電話対応。来客対応。
「ランチ行く?」
気付けばすぐに昼休憩だ。同期で比較的仲の良い彼女はよく私を構ってくれる。
「うん、行く」
700円のトンカツ定食を頬張りながら、4つ歳上の同期が喋る。
「今日飲み行かない?」
「今日はダメ」
「あ〜明日、土曜出勤だっけ?」
「そうだけど、今日も夜ちょっと用事あるの」
「なんだ男か?」
「高校の友達に頼まれごと。仕事でどうしても無理だからって」
「高校の?じゃ、新社会人か?」
「そう。それで土曜日に会うの。卒業以来」
「まぁ、節目ってそういうのあるよね」
「そっか、私は節目でも何でもないから気が回らなかったわ」
「んー。節目?黒浜は今年やっと年下の後輩が出来たとか?」
「確かに。節目かも」
「ウチ、高卒は黒浜だけだからな〜若くて羨ましい」
「年取る速度は全員一緒ですよ」
「まぁた、そういう可愛くないこと言う〜」
「その分、お給料安いし」
「はー?大卒なんてバカみたいな学費払ってんのよ?そんなの誤差誤差」
「でも、やっぱり羨ましい。大学生って楽しそうに見えるし」
「ん〜まぁね〜楽しいっちゃ楽しかったかな。そのツケが借金地獄なんだわ」
「ふふ、学費で苦しむのだけは私も知ってる」
「あ、高校私立だな?」
「正解。片親だったから」
「良い子じゃ…。真っ直ぐ育って偉いよ〜」
「真っ直ぐ?あははっ」
涙が出るほど、笑ってしまった。
「ちょうど良かった。黒浜さーん。アカオカの社長から電話電話」
戻ると、取引先から名指しで電話があった。
「お電話代わりました。黒浜です。ええ、はい、最短で木曜の午前までにはお持ち出来ます。はい、それはもちろん、では土曜日の午前で手配しておきます」
カチャンと電話を切る。
「アカオカのってこれですか?」
電話中からチラチラと私を見ていた後輩が、勢い良く話しかけてくる。
「そう。じゃあ、納期変更してみようか。予定表も変えるの忘れないようにね。終わったら教えてね」
「あの、どうして、名指しで黒浜さんなんですか?担当とかあるんですか?」
「ないよ。まぁ、コイツならミスしないかなって少しは思ってもらえてるのかな」
普段あまり使わない電車に乗り、池袋の本屋へ向かう。
2時間ほど並んで、サインを貰う。
「手、冷たいですね」
握手してもらったミステリー小説の作家の手はしわしわしていて、柔らかかった。
家に帰り、風呂を沸かし、間に米を炊く。
湯船に浸かりシャワーを頭にかぶりながら、ボーッとする。
出ると、また適当に頭を乾かして、化粧水と乳液を塗る。
味噌汁を作り、買ってきたお刺身を冷蔵庫から出して、米をよそいテーブルにつく。
録画していたニュース番組を流す。
「いただきます」
味噌汁をすすりながらテレビを見る。
ああ、何とも、平和な毎日だ。
土曜日の会社ですることと言えば、電話番と溜まった書類の整理のみ。
あとは、こうして暇している。
「黒浜さんって今いくつでしたっけ?」
営業はアポがあれば土曜も出てこなければならないので、事務の当番よりも大変だ。
「22ですよ」
「は~22なのにもうベテランっすね。5年目?」
「そうですね」
「あ、よかったら今日、このあと飲みに行きませんか?」
「すみません。今日は高校の友達と約束があって。また別の日でもいいですか?」
「了解っす」
「あー!真綾久しぶり!」
元気そうな元同級生が駆け寄ってくる。
「エリカ、久しぶり」
「今日は私が奢るから好きに飲んでね!」
「それはいいよ。悪いし」
「いいのいいの」
「そうだ、はい、これ。昔から好きだったよね。この作家さん」
昨日のサイン本を渡す。
「どぅはーありがとう!私の名前入り!」
予約していた居酒屋へ入る。
「正直、高校の頃は真綾就職するって言ったとき何考えてんだ〜って思ったけど、この間同窓会行ったら、大学出てまともに就職してるの私とユカだけでさ。フリーターとニートばっか。あ、ユカは教員免許取って小学校で働いてるみたいよ。ヤヨイは大学辞めちゃったって。ルリは院行くとか言ってたけど」
「へぇ、みんな会ってないな」
「丁度、真綾が就職する時ってちょっと景気良かったよね。今思えば、真綾が正解だったかも。あ〜あのさ、真綾の会社って昇給とかボーナスってある?」
「あるよ」
「…いくらとか聞いてもいい?」
「うん。昇給は年1で2000円。3年目の時にもっとあげてくれたけど。ボーナスは去年は4ヶ月分くらい。まぁ5年目から役職手当もつくみたい」
「役職?」
「何とかリーダーみたいな」
「すご」
「これはね、すごくも何ともないやつ」
「でもさ、それでお給料上がるんでしょ?え、あのさ、給料っていくら?私、額面で20万」
「今は額面だと23万くらいかな」
「へぇ…休みは?」
「だいたいカレンダー通り。月1で土曜日あるけど代休取れるからまぁ普通かな」
「そうなんだ~…色々、聞いてごめんね。ちょっと不安で」
「全然、大丈夫。会社はどう?」
「ここだけの話、お父さんのコネで入ったから、居づらいんだよね。休みも少ないし。社長は優しいけど、他の人はあんま仕事教えてくれないし。社長はお父さんの知り合いだから辞めるのもちょっとだし」
「辞めるってもう?内容的にはどんなことしてるの?」
「車の販売」
「ツラい仕事なの?」
「ツラくはないかな…」
「車売ってる人ってピシッとしてて、カッコ良さそうなイメージだけど」
「カッコ良くなんてないよ」
数日後。エリカが自殺したと彼女の母親から連絡があった。
通夜に行った帰りクーラーボックスと望遠鏡を買った。
「寒いわ…」
4月だと言うのに夜は真冬のよう。
翌日、有休を取ってレンタカーを借りた。
電話をする。
◇
給料明細のあとに賞与の紙を開く。
「ボーナス5万って何事だよ」
いくら見ても桁が増えることはない。
「…まぁ夏も出たし…5万だけど…いいか。…いや、うちの会社大丈夫かよ」
落ち込んでいると、知らない番号から電話があった。高校の頃から使っている二つ折りのガラケー。
「はい、木野です」
「今夜、何か予定ある?」
「……いや、ないけど。何で、俺の番号知ってんの?黒浜さん」
不思議と声を聞いただけで、すぐに誰か分かった。
「前にチラッと見えたから。変わってなくてよかった」
「…今日はもう…ヒマだけど」
「じゃあ、開けてくれる?」
「来てんのかよ…」
玄関を開けると、喪服を来た黒浜真綾がいた。
「久しぶり」
続く