漫画原作「イルゼの庭」2話
イルゼの家の中で、チカは長靴を履き傘を差している。
それは家の中で、雨が発生しているからだ。
炎の魔女の頭上から、水が降り注いでいる。絨毯を濡らし、床には15cmほどの湖が出来ていた。
「また、来たの?」
「ポールに君のこと頼まれたからね。今日も俺の超スゴ武勇伝話してあげようと思ったんだけど…こんだけジメジメしてると、キノコハウスになっちゃうね」
「しょうがないじゃない。生理現象よ」
「魔女だっていつ死ぬかなんて誰にも分からない」
「占いや予言が得意な魔女なら、分かるんじゃないの」
「全く、ああ言えばこう言うなぁ。イジイジイルゼ」
「…お勤めは?ウチにばかり来ているけれど」
「ああ、それは大丈夫。王命で、君を魔術師団に勧誘して来いって」
「何それ、そんな邪な目的で来ていたの?」
「当たり前だろ?俺は君のただの知り合いの魔女なんだし?心配して来てるとでも思った訳?」
「…戦争が終わったのなら、戦力だって必要ないはずでしょ。それに魔術師団って何?ヘンテコなもの作って。男はすぐ戦をしたがるから、魔女にしてはダメって言われるのよ」
「しょうがないさ。ダリヤ様の継承者たる器が俺しか見つからなかったんだから」
「まぁ、これからは貴方の時代ね。炎なんて、すぐ人間の方が上回る。貴方の知識はこらから世界を変えていくのでしょうね」
「と、イジイジイルゼは俺に嫌味を言うことでストレス発散してるのであった」
「………そうね。ごめんなさい。貴方が押し掛けてくるのが悪いと思うけど、言い過ぎたわ。貴方が世界を変えるだなんて」
「そこは、言い過ぎじゃないから、安心して。魔術師団っていうのは、俺が作ったもので、俺が作った魔導具で戦う俺なしだと何も出来ない団体のことだよ。チカチーロ魔術師団って言うんだ。適正は、やっぱり女の子が多くてさ、団員は全員女の子なんだ」
「それは、良かったわね」
「じゃあ、こうしよう。今日、俺が君の心を晴らしたら、俺のお願い1つ聞いてくれない?妖精達も困っているみたいだしさ」
「………」
◇
「どこへ行くの?」
依然として、イルゼの頭上にだけ、雨が振っている。
「とびきりの場所」
チカの大杖に紐で繋がれて、箒で飛んでゆく。どこへゆくのか。それすら、どうでもよい。
すると、突然、自分の雨ではない、大量の雨雲と突風とバケツをひっくり返したような雨が襲う。目の前のチカの姿も見えない。
箒を落としてしまう。
「うわっ!」
箒が無くても魔女は空を飛べるが、方向感覚が分からなくなり安定した飛行が出来なくなる。
ましてや、この台風のような天候。地面が近いのかも分からない。これは、落ちるかも。
手を掴まれる。
「ほら、掴まって。前をちゃんと見て。魔女のくせに箒を落とすなんて、鈍くさいなぁ」
チカは楽しそうに笑っている。
「これ、どどど…どう…」
チカに引っ張られ、目を開くとそこには虹が真ん丸に、幾重にも重なって、広がっていた。
「綺麗だろ?」
「ええ…」
下を見れば、広大な湖が広がっている。
「雨が降れば虹も出る。下ばかり向いていたら探せないよ」
「…この景色、ポールにも見せたかったわ」
「残念。ここは、魔女の故郷って言われてる場所の1つだ。人間は生きて入って来られない。でも、どんなに素晴らしい場所か伝えることは出来る。帰って、ポールに話してあげよう」
「うん…もっと先だって…思っていたの…」
「思い通りにいくだけの人生なんて糞くらえだ。そんなつまらない人生死んでるのと変わらない。ポールは、ちゃんと生きていたよ。自分の人生をね」
気づけば、湖の真ん中にいる。虹は触れられそうで、触れられない。
「イルゼの心は晴れたかな?」
「流石にすぐには無理よ。でも、曇りくらいにはなった…かも。ありがとう。チカ」
聞けば、ポールは肺を患っていたらしい。気まぐれな魔女が、ここまで想ってくれるなんて、人間にとってとんでもない力だ。
社会的に忌避された時代でさえ、死の間際に魔女を頼る人間は多かった。
それだけ、魔女の薬は盲信されている。まぁ、それが以前は教会にとって邪魔だったから、あることないこと言われて迫害されていたんだが。
ポールは死の間際まで、病を隠してイルゼの友人でいた。
あの結婚式は、ポールのために予定より早めに挙げたらしい。周りの人間にも愛された幸せな男。
「イルゼ、ポールは良い男だったねぇ」
「ええ」
ざーーっとイルゼの周りに雨が降る。
もう一度、台風の中を通ると、今度こそ晴れたようだった。
「チカったらびしょびしょね!」
「イルゼはずうっとびしょびしょだったろ」
笑い合う。
「炎の魔女の出番ね」
「えっ…ちょっとま」
「エヴォウス」
一瞬で、ふわりとアイロンを掛けた直後のような暖かい衣服になった。
「…さ、さすが」
「びっくりさせたみたいね」
「そりゃ、君が微調整とか出来るタイプなのか不安はあるさ」
「これでも、炎の魔女よ。あのお祭りだって、ちゃんと調整してたのよ?」
「それはまぁ。だから、君に頼んだ。俺がやってたら、死体は生焼けで広場の人間は炭になってたかも。君の炎は息を呑むほど美しかったな…一瞬だったけど…心奪われたよ」
「そう?何だか、場をシラケさせていたわ。祭りに水を挿したみたいで、申し訳なかったわ」
「あれは、見惚れていたのさ。君の高潔な炎に。一国の王さえもね」
チカは目を輝かせて炎について語る。
◇
森に戻ると、妖精達が寄ってくる。
「イルゼ!元気になった?」「お菓子ちょうだい」「また、隠すやつやって」
「心配かけたわね。もう大丈夫よ。友達が元気つけてくれたの」
「友達?」
「あ、勝手にごめんなさい。友達だなんて。親しい気がして…」
「君はね…俺の次に名の知れた魔女なんだ。イルゼは知らないだろうけど、君が引き籠もってる間に革命の女神にされていてね、城の前には君の銅像が建ってるんだよ!似ても似つかないやつ!協力した俺の銅像じゃなく、引き籠もってた君のね!今度、見に行くといいよ!案内してあげる!」
バン!と扉を乱暴に閉めて、チカは怒ったような、嬉しそうな、よく分からないテンションで出て行ってしまう。
「友達って言ったのが、癪に障ったのかしら…ふふ…変な子…もう来ないかしらね…」
それから、数日後。畑仕事をしていると、森が魔女の来訪を知らせてくれる。妖精も騒がしい。
「イルゼ!約束!サバトへ行こう!」
「へ?」
「1つ俺の言うこと聞いてくれる約束だったろ?嫌なら、魔術師団へ入ってもらう」
「そ、そんなの…サバトへ行くしかないじゃない!」
2話終わり