声に恋する田町駅
「山手線は、この先、品川方面に向かいます。京浜東北線は、この先、大森方面に向かいます。乗り換えの方はお早めにお願いします。」
田町駅で毎朝聞こえるその声に、私は惹かれていた。
その声の主は駅員さんだということは分かっているが、顔は見たことがない。でも、その声だけで十分だった。その声は私にとって、一日の始まりを告げる大切な存在だった。
私は山手線に乗って会社に通っている。会社は渋谷にある広告代理店で、私は営業部に所属している。仕事は忙しくてストレスも多いが、やりがいもある。でも、最近は仕事よりもその声の主に興味があった。
ある日の朝、私はいつもより少し遅く家を出た。電車に乗ろうとしたとき、ドアが閉まってしまった。
「ああ、乗り遅れた!」
私は慌ててホームに戻った。すると、その声が聞こえた。
「山手線は、この先、品川方面に向かいます。京浜東北線は、この先、大森方面に向かいます。乗り換えの方はお早めにお願いします。」
私は思わずその声の方を見た。すると、そこには白い制服を着た駅員さんが立っていた。その駅員さんは私と目が合った。
「あなたの声……」
私は驚いて言葉を失った。その駅員さんはまさに私が想像していた通りの人だった。黒髪で整った顔立ち、やさしそうな瞳、穏やかな笑顔……。
「こんにちは」
その駅員さんは私に声をかけてきた。
「あの……すみません」
私はどう返事をすればいいか分からなかった。
「いえいえ、こちらこそすみません。あなたの邪魔をしてしまったようですね」
その駅員さんは謝ってくれた。
「いえ、そんなことないです。私が乗り遅れただけですから」
私は必死に否定した。
「そうですか……でも、せっかくの朝ですし、気分を害してしまったら申し訳ないです」
その駅員さんは心配そうに言った。
「大丈夫ですよ。気分なんてすぐに直りますから」
私は強がって笑った。
「そうですか……それなら良かったです」
その駅員さんも笑ってくれた。
「あの……もしかして、あなたの声って……」
私は思い切って聞いてみた。
「え?私の声ですか?」
その駅員さんは驚いて聞き返した。
「そうです。毎朝聞こえる乗り換え案内の声……それってあなたなんですよね?」
私は確信を持って言った。
「そうですね……それは私です」
その駅員さんは恥ずかしそうに言った。
「やっぱり……」
私は嬉しくなって言った。
「どうして分かったんですか?」
その駅員さんは興味深そうに聞いてきた。
「だって、その声が好きだから……」
私はつい本音を漏らしてしまった。
「好き……ですか?」
その駅員さんは驚いて言った。
「あ、あの……すみません、変なことを言って」
私は慌てて謝った。
「いえいえ、変じゃないですよ。むしろ、嬉しいです」
その駅員さんは優しく言ってくれた。
「本当ですか?」
私は不安そうに聞いた。
「本当です。実は、私もあなたのことが気になっていたんです」
その駅員さんは照れくさそうに言った。
「私のこと……?」
私は信じられないように聞いた。
「そうです。あなたは毎朝この駅に来るんですよね?私はあなたを見るたびに、声をかけたいと思っていました。でも、勇気が出なくて……」
その駅員さんは恥ずかしそうに言った。
「そんな……」
私は感動して言った。
「だから、今日は乗り遅れてくれてありがとう。これでやっと話せました」
その駅員さんは笑って言った。
「ありがとう……?」
私は戸惑って言った。
「ええ、ありがとう。これが運命だと思います。あなたともっと話したいし、知り合いたいです。もしよかったら、連絡先を教えてもらえませんか?」
その駅員さんは真剣に言ってくれた。
「連絡先……?」
私は驚いて言った。
「はい、連絡先。もちろん、無理強いはしません。でも、もし可能なら……」
その駅員さんは期待を込めて言った。
私は迷わずに答えた。
「いいですよ。教えます」
私は笑って言った。
その駅員さんも笑ってくれた。
「ありがとうございます。それじゃあ、これが私の名刺です。名前は佐藤健太郎と言います。電話番号やメールアドレスも書いてありますので、よかったら連絡してください」
その駅員さんは名刺を渡してくれた。
「隼人さん……覚えました。私の名前は凛と言います。これが私の名刺です」
私も名刺を渡した。
「凛さん……素敵な名前ですね。よろしくお願いします」
その駅員さんは名刺を受け取ってくれた。
「こちらこそよろしくお願いします」
私も礼を言った。
すると、次の電車が到着した。
「では、また会える日を楽しみにしています。今日は本当にありがとうございました」
その駅員さんは笑顔で別れを告げた。
「こちらこそありがとうございました。また会えるといいですね」
私も笑顔で答えた。
そして、私は電車に乗り込んだ。その駅員さんの姿が見えなくなるまで手を振り続けた。
私は心から幸せを感じていた。