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【小説】幼い頃の祖母とのお菓子の記憶
お盆なので、小さい頃に帰省したおばあちゃんとのお菓子の思い出は記憶に残るというテーマで物語を書いてみました
千夏は、古びた木造の一軒家の前に立っていた。祖母の家だ。幼い頃、夏休みになるとよくここで過ごした。しかし、祖母が他界してから15年、千夏がこの家を訪れるのは実に久しぶりだった。
深呼吸をして玄関を開けると、懐かしい匂いが鼻をくすぐった。埃っぽさの中にかすかに残る木の香り。そして、どこからともなく漂ってくる甘い匂い。
「ただいま」と小さくつぶやいた千夏の声が、静まり返った家の中に響いた。
リビングに足を踏み入れると、そこにはタイムカプセルのように、15年前の記憶が詰まっていた。古い家具、色褪せた写真立て、そして祖母お手製の編み物のクッション。すべてが、まるで時が止まったかのようだった。
千夏は窓際に置かれた古い食器棚に目をやった。そこには、祖母が大切にしていた茶器や皿が並んでいる。そして、一番下の引き出しに目が留まった。
その引き出しには、祖母の秘密の宝物が入っていた。千夏は心臓の鼓動が少し速くなるのを感じながら、そっと引き出しに手をかけた。
中には、古びた缶が一つ。蓋を開けると、懐かしい金平糖がきらきらと輝いていた。
「あっ…」
思わず声が漏れた。祖母は、この金平糖を特別な日にだけ出してくれた。誕生日や、良い成績を取った時。そして、悲しい時には慰めのお菓子として。
千夏は一つ口に入れた。カリカリとした食感と、ゆっくりと広がる甘さ。瞬間、記憶の扉が開いた。
夏の日差しが差し込む縁側。風鈴の涼やかな音色。祖母の優しい笑顔。そして、金平糖の甘さ。
「千夏ちゃん、この金平糖はね、魔法のお菓子なのよ」
祖母の声が、まるで昨日聞いたかのように蘇ってきた。
「どんな魔法なの?」と尋ねる幼い千夏。
「どんな時も、あなたに幸せを運んでくれるのよ。悲しい時には慰めてくれるし、嬉しい時にはその喜びを倍にしてくれる」
「本当?」
「ええ、本当よ。でもね、この魔法が効くのは、あなたが信じる時だけなの」
千夏は目を閉じ、もう一つ金平糖を口に入れた。甘さと共に、温かい気持ちが体中に広がっていく。
そうだ、この金平糖には確かに魔法があった。それは単なる砂糖菓子ではない。祖母の愛情、優しさ、そして千夏自身の心の中にある希望や勇気、それらすべてが詰まったお菓子だった。
千夏は缶を手に取り、外に出た。夕暮れ時の柔らかな光が庭を包んでいる。かつて祖母と一緒に花を植えた場所には、今も色とりどりの花が咲いていた。
ベンチに腰かけ、もう一粒金平糖を口に入れた。甘さと共に、様々な記憶が蘇ってくる。
宿題に行き詰まった時、祖母はいつも「ちょっと休憩しましょう」と言って、この金平糖を出してくれた。そして千夏の話に耳を傾け、アドバイスをくれた。不思議と、その後はすんなりと宿題が進んだものだった。
初めて失恋した時も、祖母はこの金平糖と共に千夏の涙を受け止めてくれた。
「大丈夫よ、千夏ちゃん。あなたはとても素敵な子だから、きっといつか素敵な人に出会えるわ」
そう言って、祖母は千夏を優しく抱きしめてくれた。
そして、高校受験の結果を待つ緊張の日。千夏が不安そうにしていると、祖母はにっこり笑って言った。
「ほら、魔法のお菓子よ。きっと良い知らせが来るわ」
そして本当に、千夏は志望校に合格した。
思い出す度に、千夏の胸は温かくなった。祖母の言葉、その優しさ、そして何より、祖母が千夏を信じ、応援してくれていたこと。それらすべてが、この小さな金平糖に詰まっていたのだ。
夕日が沈み、辺りが薄暗くなり始めた頃、千夏はゆっくりと立ち上がった。家に戻り、荷物をまとめ始める。明日には東京に戻らなければならない。
しかし今回の訪問で、千夏は大切なものを思い出した。それは、どんな時も前を向いて歩んでいく勇気。そして、自分を信じる力だ。
缶を大切そうに鞄に入れながら、千夏は微笑んだ。これからも、人生の大切な場面で、この魔法のお菓子を口にするだろう。そして、その度に祖母の愛情を感じ、自分自身を信じる力をもらうのだ。
家を出る前、千夏は最後にもう一度リビングを見回した。
「ありがとう、おばあちゃん」
静かにそうつぶやき、千夏は扉を閉めた。外に出ると、満天の星空が広がっていた。千夏は深く息を吸い込み、懐かしい空気を胸いっぱいに吸い込んだ。
そして、新しい一歩を踏み出した。鞄の中の金平糖の缶が、かすかに音を立てた。それは、これからの人生を歩んでいく千夏を、そっと後押ししているかのようだった。