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あまり知られていない浅草のパワースポット

「待乳山聖天」という物凄いパワースポットをご存知でしょうか?

 私は子供の頃にこの近くで育ったのですが、地元の人よりも、一部の人からの厚い信仰を得て、知る人ぞ知るのところです。

 松下幸之助や紀伊国屋文左衛門などの世に名を馳せた数々の有名人の名は、最近では結構知れ渡ってしまいましたが、私もある新興宗教の教祖の名前での奉納も目にしていて、一部の人には知れ渡っている事を実感しています。

 この待乳山という名前ですが、推古天皇の時代に、一晩で地中より盛り上がって出来た山で、金龍が天より降りてきて、この山の周りをグルッと取り巻いて護ったとされています。

 今は、待乳山聖天として、十一面観世音菩薩を本地仏として、「聖観音宗」という寺院になっていますが、私が幼いころは、ここは、「待乳山聖天宮」と呼んでいました。

 寺とか神社とかの括りで考えたことがありませんでした。地元の人は「聖天様」と言って親しんでいました。

 ここで配られているパンフレットの当山の、謂れのようなものの内容も、昔読んだものとは内容が違っています。

 私が記憶にある昔のパンフレットの内容は、推古天皇のころ、天皇に子供が生まれたが、乳が出ないので神に祈ったところ、この山に社を建てよとのお告げがあって、祀ったところ乳がでるようになった。みたいな内容だったと思います。

 何故か色々な事情で変わっていったようですね。

 私の勝手な解釈では、金龍がイコール聖天様の化身ではないのかと思っています。

 つまり、金龍のパワーなのではないのかと。。。

 今、ここで行っている「浴油祈祷」というものは、昔は聞いたことがありませんでした。

 松下幸之助や紀伊国屋文左衛門などが、どのような祈願の仕方で願いを叶えたかは知りませんが、その力は絶大のようです。

 幼いころには、もう少し山が高かったように思いますが、ただ私が大人になったから、そう思うのかも知れません。

 ここに行ったら、正面で拝むだけでなく、本堂の周りをグルッと回ってみてください。

 景色も良いですが、長い歴史の一コマを感じられることが出来るかも知れません。

 昔は、この地域は、聖天町という名前でしたが、今は浅草7丁目に変わってしまいました。

 聖天町というと、「池波正太郎」の時代物の小説にはよく出てくる地名です。

 池波正太郎はこの近くの今戸というところに生家があったので、馴染みだったのでしょう。

 実は、モスバーガーの創始者の櫻田慧さんの伝記を昔読んだことがあるのですが、この方も、この聖天様のすぐ近くにある革関係の小さな会社に勤めていたことがあると書いてありました。

 もしかすると、聖天様にお参りしたことがあるのかも知れないと、勝手に推測しています。

 花柳界や芸能関係の人も多く来ますが、やはり私は、松下幸之助や紀伊国屋文左衛門のような方々の一世一代の野望の方が気になります。

 ただし、ここは願いが叶った後に、生き方を間違えたりすると、大きなしっぺ返しが待っているとかで、覚悟しての祈りが必要なようです。

 浅草に行くことがありましたら、ぜひここまで足を延ばしてみてください。

 ここは、願いを口に出して言うと良いそうです。

 これは人力車で観光案内をしていた人の話を小耳に挟んだ情報です。

 浅草の観音様を「金龍山浅草寺」と記されていますが、金龍山とは待乳山の事だとか。

 今は浅草寺の子院になっていますが、ご利益の程は、もしかするとずっと高いかも知れません。

 強い願いがあるなら、観音様を拝んだ後に、聖天様にも行ってみたらいかがでしょうか。

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